【グリムノーツ】未完の書【銀河鉄道の想区】

さくらもみじ

【天気輪の丘】


 “

 少年ジョバンニは、お父さんが漁から帰らないため、病気のお母さんを支えながら暮らしていました。

 朝も夕も活版所で働きながら、学校に通う大変な毎日。

 ある星祭りの夜、ジョバンニは同級生にからかわれ、ひとり寂しく町外れの丘へ向かいます。

 寝そべって夜空を眺めていると、いつの間にかジョバンニは汽車に乗っていました。

 窓の外には一面の銀河。

 向かいの席には、いつの間にか親友のカムパネルラが座っています。

 ふたりは銀河を駆ける汽車に乗って、星座から星座へと旅を続け、様々な人々と出会いました。

 そのうちにジョバンニは、みんなの幸せのためなら自分の身を捧げてもいいと考えるようになります。

 カムパネルラも同じ気持ちだと言いました。

 しかし、銀河の外れにお母さんの姿を見つけたかと思うと、カムパネルラは忽然と姿を消します。

 ジョバンニは叫ぶように泣きました。

 すると、いつの間に眠ってしまったのでしょう、ジョバンニは元の丘で目を覚まします。

 町へ戻ると、カムパネルラが同級生を救うため、川へ飛び込んで上がってこないことを知らされました。

 お父さんが間もなく帰ることを知ったジョバンニは、お母さんに知らせるため、家路を急ぎます。




 ――原稿はここで途切れており、この先のお話は誰も知りません。

 ”


 ◆ ◆ ◆


 想区と想区のあいだを繋ぐ“沈黙の霧”。

 温度も、匂いも、音も存在しない、深い深い霧を抜けると、僕たち“調律の巫女一行”は小高い丘の上に出た。

 辺りはひっそりとした薄闇に包まれている。遠まきに真っ黒な雑木林が茂っているようだが、この丘はぽっかりとひらけていて、見上げれば雲ひとつない夜空が広がっていた。

「みんな、見て。満点の星空だよ」

 僕が頭上を指差すと、レイナ、シェイン、タオが次々に天を仰ぐ。周囲に灯りはないが、星々の光が彼らの表情を照らしてくれた。

「きれーい! “ミルキーウェイ”がこんなにはっきり見えるなんて!」

 レイナが大はしゃぎで空を見上げながら、丘の中央へと足早に歩いていく。“調律の巫女”なんて大仰な二つ名で呼ばれてはいるが、彼女もまだ年相応の少女なのだ。

「シェインたちの想区では“天の川”と呼んでいましたね。なんでも、織姫さんと彦星さん夫妻が、あの川を挟んで別居状態なんだとか」

「そんな殺伐とした言い伝えがあるんだ……」

 シェインはいつもポーカーフェイスなこともあり、どこまでが本当で、どこからが冗談なのか区別がつかない。僕は乾いた笑いを発しながら、レイナを追うようにして丘の真ん中を目指した。

「おい、お嬢。あんま上ばっか見て歩いてると転……」

「ひゃあんっ!」

 タオの忠告が終わるより先に、レイナは尻もちをついていた。どうやら何かにつまづいたらしい。彼女は少しだけ、そう、ほんの少しだけおっちょこちょいで、そのためタオからは“ポンコツ姫”などと呼ばれることもある。

「言わんこっちゃない……」

 ため息をつくタオを尻目に、僕は一目散に駆け寄ると、彼女に手を差し出した。

「レイナ、大丈夫?」

「いったたぁ……ありがと、エクス。もう、誰よ。こんなところに変なもの置いたのは!」

「まぁまぁ、レイナも不注意だったんだからさ。そう怒らないで……」

 僕の手を取りながら、レイナは悪態をつく。そんな彼女をなだめつつ、僕はふと地面に視線を落とした。星明かりに照らされた草の上には、長方形の何かが落ちている。

「なんだろ、これ……」

 レイナをしっかりと起こした後に、僕は“それ”を拾い上げた。古い、本のようである。中を開けてみると、意味不明な文字の羅列が並んでいて、まるで暗号のようだ。

「坊主、なんだその本」

 追いついたタオが僕に尋ねる。しかし、聞きたいのはこちらの方だ。

「わからない……僕の知らない言葉で書かれてるみたいだけど……」

 レイナが僕の手の中をしげしげと覗き込む。すぐにはっとしたような表情で、彼女は叫んだ。

「ちょっと、これ……“運命の書”じゃない……っ!」

 運命の書。

 想区の住民たちが誰しも持つ、生まれてから死ぬまでの運命が記述された本のことである。想区の創造主、ストーリーテラーによって記述されたその運命は、“原典”となる物語の配役に沿っており、人々はその運命をなぞるようにして一生を過ごす。

「誰かの落とし物でしょうか」

 呟くように言ったシェインに対し、レイナはぶんぶんと首を横に振る。

「落とし物じゃ済まないわよ、これ……! どこか近くに持ち主がいるはず。じゃないと……っ」

 彼女は運命の書から顔を離し、辺りを見渡した。そして、すぐに硬直する。

 僕も周囲に目を向けてみれば、今まで自分たち以外は誰もいなかった丘に、無数の影が浮かび上がっていた。

「クルルルルゥ……クルルルルゥ……」

 不気味な鳴き声を放つ彼らの名は、ブギーヴィラン。“カオステラー”の遣わすヴィランの中では最も小型の種類である。子どものような姿をしているが、性格は獰猛どうもうで鋭い爪を持っているため、決して油断できる相手ではない。

「おいおい、穏やかじゃねえな」

 タオが“空白の書”を取り出しながら言う。平時の軽薄な調子とは打って変わって、真剣な色合いの声だった。本を持っているのと反対側の手には、“導きの栞”が握られている。

「そうよね……ここもカオステラーに荒らされつつある想区だもの。運命の書については、一旦保留ね」

 カオステラーとは、ストーリーテラーが何らかの要因で変質し、想区を混沌におとしいれようとする状態になってしまった存在のことだ。カオステラーはヴィランを遣わし、また、自身も想区の重要人物に憑依することによって運命をねじ曲げ、やがて想区そのものを滅亡に至らしめる。

 レイナもタオと同じように、空白の書と導きの栞を取り出した。

「シェインの天体観測を邪魔するとはいい度胸です。新入りさん、ぶっ飛ばしていきますよ」

「ええっと……うん、わかった。いつでもいけるよ!」

 持ち主のわからない運命の書は、とりあえずかばんにしまうことにした。シェインと共に、先に戦闘態勢を整えたふたりに続く。

「準備はいいな……よっしゃ! タオ・ファミリー、喧嘩けんか祭りの始まりだぜっ」


 ◆ ◆ ◆


 僕ら四人は、もともとは別の想区の住人だった。

 当然、想区の住人であるからには、僕らにも運命の書が与えられている。けれど、僕らに与えられたそれには、実のところ、。どのページを開いても、演じるべき運命など一文字も記されていない、言葉通りの“空白の書”だ。

 しかし、だからこそ。僕らは何者でもない代わりに、何者にもなることができる。レイナから貰った導きの栞。その両面に宿った“ヒーロー”たちと“コネクト”し、一時的に彼らの力を借りることで、僕たちはこれまでヴィランと戦ってきた。そして、これからも。

「ジャック、頼んだよ!」

 導きの栞を空白の書に投げ入れ、勢いよく閉じる。“ジャックと豆の木”の主人公、ジャックの魂が流れ込み、見る間に僕の姿は彼のものへと変貌した。

「化け物でも巨人でも、かかってきやがれ!」

 片手剣をさやから抜き、嵐のごとくヴィランの群れへ突貫する。

 ひとぎのうちに三匹のヴィランを斬りつけ、返す刀でもう二匹。ブギーヴィランはとにかく数が多いため、斬って斬って斬り続けるのが最善手だ。

 しかし、リーチの短い片手剣の宿命か、浅い。倒しきれなかったヴィランが起き上がり、ジャックに向けて爪を振り下ろす。気配を感じて振り返ろうとしたが、前からも数体のヴィランが押し寄せており、それも許されない。

 だから、背後は捨てた。僕には仲間がいる。

「この鉄帯、破らせはせんぞ」

 ハインリヒとコネクトしたタオが、僕と背中を合わせるように割って入り、起き上がったヴィランの爪を止めてくれた。大きな盾の影から長槍をひと突きし、手負いのヴィランにとどめを刺す。

「サンキュ、タオハインリヒ!」

「礼には及びません、エクスジャック殿。さあ、参りましょう」

 普段の関係とは正反対のやり取り。ヒーローとコネクトしている間、僕たちは彼らにのだ。

「相手になってやろうではないか」

 後衛から声が上がったと思うと、周囲のヴィランたちが怯えだした。シェリーとコネクトしたレイナが、その魔術でヴィランたちの耐性を低下させてくれたのだろう。こうなれば、片手剣でも撃ち漏らすことはない。タオハインリヒと背中を合わせたまま、群がるヴィランたちを次々に沈めていく。

 援護のおかげもあって、被弾を最小限に抑えたまま戦局は進んでいった。しかし、順調に見えた中、再び後衛から声が上がる。

「や、やめんか、わしを誰と心得る……っ」

 しまった。視界が悪く、いつの間にか後衛と分断されていたようだ。レイナシェリーは優秀な補助魔法を持っているが、接近戦には向いていない。そう思った次の瞬間、周囲一帯が青白く包まれるほどの電撃が三度走った。

「避りなさい、悪しき者よ」

 ラーラとコネクトしたシェインである。ヴィランの群れが、一ダース分ほど黒焦げになっていた。向こうは向こうでうまく連携が取れているようだ。

「あとちょっとだ。みんな、気を抜かずいこう!」

『応!』

 ジャックの声に皆が応じてくれる。常に命の危険と隣り合わせだというのに、仲間と共に戦っているだけで、決して恐いと感じることはなかった。


 ◆ ◆ ◆


「っはぁ……はぁ……」

 ひとまずヴィランの攻勢は止んだ。

 空白の書から導きの栞を抜き出し、僕は呼吸を整える。ヒーローとのコネクトには膨大な精神力が必要だ。これまで色々な想区を渡り歩いてきたが、そう簡単に慣れるものではない。

「なかなか筋がよくなったじゃねえか、坊主。ま、隙はまだまだあるけどよ」

 タオは僕の頭をつかむと、わしわしと乱暴になでてくれた。僕は少しずつでも、彼らに追いつけているだろうか。

「さて……問題はその、持ち主のいない運命の書よね。さっきも言ったけど、おっちょこちょいじゃ済まないわよ、これ」

「姉御は他人のこと言えないんじゃ」

 シェインがぼそりと呟いたが、レイナは耳ざとく反応する。

「そこ、うるさいわよ! でも本当に、このままじゃ運命の歯車がどんどん狂ってしまうかもしれない」

「そうだね、早いところ持ち主を見つけないと……」

『銀河ステーション……銀河ステーション……』

 かばんから例の運命の書を取り出したとき、どこか遠くから響くような声が、僕の耳をかすめた。

「え、なに……?」

「どうしたんですか、新入りさん」

「いま、どこからか声が……」

「おおお俺は何も聞こえなかったぜ。きき気のせいじゃねえのか?」

 タオは突然シェインの影に隠れ、周囲をキョロキョロと見回し始めた。そういえば、彼は雰囲気系の怖さに弱いのだ。

「っはは、大丈夫だよ。別に怖い話とかじゃないから……」

『銀河ステーション、銀河ステーション』

 先ほどよりも大きな声が聞こえたかと思うと、運命の書が共鳴したように熱を帯びる。

「ちょっと、エクス……何よそれ、体が!」

 レイナが叫んだかと思うと、今度は僕の全身が光に包まれた。なぜだかわからないが、この場所から消えてしまうという直観が頭をよぎる。

「こ、これ……まずい、みんな僕につかまって!」

 シェインが僕の服のすそを握り、次にタオが長い腕を伸ばして鞄のひもをつかむ。少しだけ離れた場所にいたレイナは、僕に向かって手を伸ばした。僕も懸命に手を伸ばし、ぎりぎりのところで指先同士が触れ合う。

 その瞬間、体がばらばらになるような感覚に襲われ、僕の意識はそこで途絶えた。


 ◆ ◆ ◆


 “調律の巫女一行”が光に飲まれ、どこかへ消え去った後の“天気輪てんきりんの丘”に、黒衣の男が立ち尽くしていた。

「あの運命の書を拾い上げるとは、何と悪運の強い連中なんでしょうねぇ」

 一陣の風が吹き、紫色の長髪をなぜる。彼の言葉は、不気味なほどに静まり返った夜の丘に吸い込まれていった。

「まぁいいでしょう……全ては混沌のために。この想区のカオステラーは、これまでの想区のものとは、なかなか毛色が違いますからねぇ」

 黒衣の男は、遥か頭上――銀河を仰いで口の端を吊り上げる。

「謎が解けたところで止められはしないでしょうけれど、せいぜい楽しませてもらいましょうか。クフッ……クフハハハハハ……ッ」

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