第15話「本当の気持ち」

明日、ペルティナ族の首都への襲撃が決まった。

そして、搭乗者は当然のごとく、ロイスだ。

ロイスは明日、死ぬために《大いなる翼》に乗り込むんだ。

それが当然のように決まっていることが、私には分からなかった。

だからだと思う。いつものように、月夜を眺めていた。

今日のアリア号は比較的ゆっくりと走行し、風も強くはなかった。


//SE;足音



ひかり「あ、アレックスか……」

アレックス「……もう、その反応にはなれたよ」


アレックスは私の隣に座ると愚痴を言うように口を開いた。


アレックス「あ~あ、ボク、翼なんかいらなかった。ずっと、ロイス様の側に居たかっただけなのにな……」

アレックス「どうして、翼なんか生えていたんだろう……、どうして、人族に生まれてこなかったんだろう……」

ひかり「……アレックス」

アレックス「ひかり、もし……、もし、本当に神様なら、今すぐにボクを人族に変えて」

アレックス「《大いなる翼》にロイス様が乗ってしまったら二度と帰ってこない」

アレックス「ボクが行きたい……、でも、あれは人族にしか操れない……」

ひかり「ロイスが心配なのは分かるけど、私はアレックスも心配なんだよ」

ひかり「もし、アレックスが人族になって……、ううん、もし人族だったら、アレックスも帰ってこられなくなってしまう……、そんなの嫌だよ」

アレックス「それでも、ロイス様が乗るなんて嫌なんだよ」

ひかり「私も、乗れるかな……、そしたら、ロイスは助かるかな?」

アレックス「そんなの、ロイス様は望んでない」

ひかり「きっと、ロイスもアレックスが乗ることなんて望んでないよ」

アレックス「でも……、ボクにはもうこれ以上ロイス様に傷ついて欲しくない」

ひかり「……アレックス」

アレックス「ボクはどうしても、人族になりたい……、もう、戻ってこれなくても……」

アレックス「今まで、人族として生きてきたのに、空の民だと言われても嫌だ……」

アレックス「ボクが本当に人族だったら……、良かったのに。どうして、空の民なんかに生まれてきたんだろう……」

ひかり「……アレックスは、本当に人族として生きてきたんだね」


そんなの、かわいそうだ。

人族として生きてきて、ロイスの側にいられたのに、今では敵の種族になってしまった。

もし、アレックスが望むのなら、人族になれたらいいのに。


アレックス「ボクが人族になれるわけなんか……、ないけどね」

アレックス「だって、神様にも……、え?」


アレックスの小さな翼が、羽が見る見るうちに散り始めた。

それは桜が散るように、薄くふわりと風に舞い散っていった。

そして、翼の中に隠れていた短い骨格がむき出しになって、ポロリと落ちた。


アレックス「……羽が」

ひかり「消えた……」

アレックス「これで、ボクが《大いなる翼》を操縦できる!!」

ひかり「だめ、ダメだよ。ロイスが乗るって決めたんだから」

アレックス「これだけは、ロイス様の命令でも聞けない……」


アレックスはグロテスクなコックピットへと走りこみ、身を滑り込ませた。

その瞬間、《大いなる翼》の瞳に光がさし、コックピットは無常にも閉じた。

そして、折りたたまれていた巨大な翼を広げて、飛んでいく。


バルド「な、何事だ!?」

ロイス「馬鹿な! 誰が《大いなる翼》を!?」

フェルナ「まさか、ひかりですか!?」


三人が私の方へと視線を向ける。

私はどうしていいか分からなくて、ロイスへと視線を向けた。


ひかり「どうしよう!! どうしよう……、ごめんなさい、ロイス」

ロイス「どうしたと言うのだ?」

ひかり「中に……、アレックスが乗ってるの」

ロイス「!?」

ひかり「……ごめん、私のせいなの」

バルド「どうやって乗った? あいつはペルティナ族だぞ!?」

ひかり「私のせいなの……、ごめんなさい」

ロイス「ひかり、お前のせいではない。私のせいだ……」

アスナ「そんなところにボケッと突っ立ってないでくれる?」

アスナ「あれ、追うんでしょ? どっかに掴まってないと振り落としていくよ」 

アスナ「全力先進!! 最高スピードでかっ飛ばすよ!!」


大型飛空船団アリア号は《大いなる翼》の後ろを追走していく。

物凄い突風が甲板を襲う。

でも、バルドもフェルナもロイスも全く動じず、真っ直ぐに《大いなる翼》を見つめていた。


ひかり「ロイス……」

ロイス「あの……、馬鹿……、一人で突っ走りやがって」


ロイスにしては珍しい口調でアレックスに向けて怒りを持っていた。


ロイス「誰の為に、あれに乗ると言ったと思ってるんだ……」

ひかり「ロイス、ごめん……、多分、私のせいだ。私が、アレックスが人族になりたいなら、なれたらいいのに……、なんて考えたから、人族になっちゃったんだ」

ロイス「……例え、あいつが人族であっても、俺はあいつを乗せるつもりなんかない」

ロイス「それに、全力で止めて見せる……、だから、ひかり、力を貸してくれ」

ひかり「うん……、私にできることなら、何でも!!」


《大いなる翼》がゆっくりと止まった。

そこはペルティナ族の都だと思われる場所だった。

何故なら、ペルティナ族特有の大きな黒い翼を持った人たちがいたから。

《大いなる翼》はその地へと降り立ち、背中から大きな刃を抜き放った。

そして、メチャクチャにそれを地面へと叩きつける。

これが、あの優しくて、やんちゃなアレックスのしていることなんだろうか?

同じ種族なのに、もしかしたら、あの中に両親がいるかもしれないのに……。

私は躊躇なく、飛空船から飛び降りた。


アスナ「あ! ちょっと! ひかり!」


アスナの声が風の音にかき消される。

私は、《大いなる翼》の頭にあたる部分へと着地した。。


ひかり「アレックス!! やめて! やめてよ!!」

ひかり「同じ種族なのに、どうして、こんなことするの?」

ひかり「ううん、種族なんか、関係ない!! みんな生きてるんだから! そんなに簡単に奪わないで!」


《大いなる翼》の瞳が赤から青へと変化する。


アレックス「ひ……か……り?」

ひかり「そうだよ、アレックス!!」

アレックス「……ひかり、ボクは……、どうして……」

ひかり「いいの、アレックス……、アレックスは止まってくれたから……」

ひかり「そこから、出られる?」

アレックス「分からないよ……、どうやって開けるのか、分からない」


私が神様なら、出来るはず……。

お願い、《大いなる翼》、私の大切な人を返して。

……お願い。


ひかり「お願い、私の大切な人を返して、《大いなる翼》」

アレックス「ひかりの元へ……、返してほしいよ、《大いなる翼》」


ぱっと、光がはじけた。

《大いなる翼》は光を放って、アレックスを吐き出した。

慌てて、私はアレックスを抱きしめる。

この距離から落ちたら、死んでしまうかもしれない……。

でも、一向に落下する時の浮遊感は襲ってこない。

私の背中で何か、大きなモノが羽ばたく音がした。

見上げると、私の背中に機械の六つの翼が生えていた。


オババ「あれが……、白き神様の本当のお姿……」

アスナ「六つの翼……、本当にひかりは神様だったの!?」

ひかり「……これが、《大いなる翼》の本当の姿?」

バルド「あの、お嬢ちゃんが本当に神様だったとはねぇ」

フェルナ「私は最初から知っていましたよ」

バルド「嘘つきめ」


大きな六つの翼に変形した《大いなる翼》は私の背中へと食いついていた。

不思議と痛くはなくて、出血もしていない。

まるで、それは元々は私のものだったかのように、馴染んでいた。


アレックス「ひかり……」


機械の羽をばさばさと動かすと簡単に上昇できた。

飛空船へと真っ直ぐ飛び込むと、機械の翼は折りたたまれ、小さく縮んだ。


ロイス「ひかり! アレックス! 無事か!?」

ひかり「大丈夫だよ、アレックスも無事だよ」

アレックス「ロイス様……、命令を無視して……、ごめんなさい」

ロイス「そんなのどうだっていい。お前達が無事なら、もういい」


ロイスは私たちを泣きそうな顔で、ぎゅっと強く抱きしめた。


ロイス「もう、戦うな……、お前にそんな役目を背負わせたくない」

アレックス「だめです……、このままにしておけません」

バルド「おい、こっちに向かって誰か来るぞ」


ペルティナ族特有の黒い羽をはためかせて、こちらへと誰かがやってくる。

その顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。

あの、アレックスそっくりの、ペルティナ族の王様だった。


バラウール「ようこそ、出来損ないの兄者」

アレックス「誰だ!」

バラウール「分からないのか? 分かってると思うけど、僕はペルティナ族の王、ようこそ、お帰りなさい」

アレックス「……兄? ボクが……ペルティナ族の王の兄?」

アレックス「ボクはペルティナ族の王……」

バラウール「もっとも、人族に落ちてしまった兄者には王位はないけどね」

アレックス「落ちたんじゃない。ボクは望んで人族になった」

バラウール「どっちにしても関係ないよ。さ、帰りなよ。その白き神を置いてね」

アレックス「誰がひかりを置いていくものか!」

バラウール「……戦うのかい? そんな体で? 翼もないのに?」

バラウール「笑わせてくれるね。笑わせてくれたお礼にいいものを見せてあげるよ」

バラウール「地獄より出でよ! 《赤き英雄》よ!」


突然、王宮の中から、真っ赤な機械の腕が伸びてきた。


バラウール「君達だけが機神を持っているとは思わないでね。こんな物、簡単に作れるんだから」


バラウールは笑いながら、赤い機械の腕に乗り、土煙の中に姿を消した。

そして、土煙が晴れた時、そこには真っ赤な機械が鎮座していた。

黒いマントをはためかせ、大剣を携え、まるで地獄からの使者のように。


アレックス「ひかり、もう一度、戦わせて!」

ひかり「分かってる。私も一緒だからね」


二人で合図すると、六つの翼は大きく広がり、私とアレックスを包み込んだ。

そして、大きく膨らみ、《大いなる翼》の機神の姿へと変わった。


ロイス「ダメだ、待つんだ! ひかり、アレックス!!」


ロイスの声が外から聞こえる。

それでも、私たちは飛び立っていった。


ひかり「もう、一人じゃないよ」

アレックス「うん。ひかり、君も一人じゃない」


二人で操縦桿を握り締める。

相手の体温も鼓動も、握り締めた手から伝わってくる。


ひかり「いくよ」

アレックス「うん」


操縦桿を真っ直ぐに押し倒した。

外の様子が手に取るように分かる。

今、この機神は口のような部分をさらけ出し、その中に光を溜め込んでいる。

そして、一気に放射する。

もの凄い轟音と共に赤い機体が吹き飛ぶ。

しかし、赤い機神はそんな攻撃など物ともせずに、大きな剣をこちらへと向けてくる。

私とアレックスはレバーを引き、攻撃を避ける。

しかし、そこに赤い機体の手が伸びてくる。

腕をつかまれ、攻撃が避けられない。

その時、操縦桿をアレックスが引き倒す。

光の魂を赤い機械に叩き込む。

ぐらりと、敵の機体は揺れて、倒れ込んだ。

私たちの機体も腕を引っ張られる形で倒れる。

しかし、赤い機体を下に引き倒している。いわゆる、マウントポジションにつけた。

アレックスがレバーを振り上げ、赤い機体にこぶしを叩き込む。

最初は肩の部分がもげた。そして、二回目の攻撃、反対側の肩がもげる。

そして、最後に背中から取り出した、大剣で胸を貫こうと、構える。


ひかり「アレックス! アレックス、もうやめて、もういいじゃない」

アレックス「……まだ、まだ、まだまだまだまだまだまだまだまだ」


アレックスの瞳に生気がない。

もしかして、精神を蝕まれている?


ひかり「アレックス、しっかりしてよ!!」

ひかり「どんなに憎くても、アレックスの弟でしょ!!」

アレックス「だめだめだめだめ、許さない許さない許さない」

ひかり「しっかりして、一緒に戦うっていったじゃない!!」

ひかり「もう、一人じゃないって、言ったじゃない!!」

アレックス「……」

ひかり「アレックス……」


私はそっと、アレックスの唇に自分の唇をあてた。


アレックス「……!?」

ひかり「……気がついた?」

アレックス「な、な、なにしてんだ!! こ、こ、この馬鹿!! 馬鹿馬鹿!!」


アレックスの瞳に生気が戻ると同時に、刃はぴたりと停止した。

そして、アレックスは耳まで真っ赤にして怒っている。


ひかり「よかった。アレックスが戻って」

アレックス「おい、ひかり、大丈夫か? おい……」


そこから先はよく覚えていない……。

ただ、私が六つの翼でアレックスと共に帰ったような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る