第14話「爆弾のスイッチ」

今日もまた、一応は平和な一日が始まろうとしている。

アスナ達の話では、ペルティナ族との交戦はしばらくはないとの予想だった。

窓から外を覗くといつものように晴天。

雲の上を滑走しているのだから、当然といえば当然なんだけど。

今日は速度が遅いのか、風も穏やかだ。

甲板へと出てみることにしてみると、偶然にもロイスが同じように甲板に顔を出していた。

ロイスは甲板の縁にひじをついて、ぼんやりと空を見ていた。

いつも、厳しい顔をしているロイスにしては珍しい光景だ。

こっそりと後ろから近寄ってみる。もしかしたら、日向ぼっこしている猫のように寝ているのかも……。


ロイス「ひかり?」


ロイスは振り返りもせずに私であることに気がついた。

驚いていると、ふふっと笑いながら、こちらに振り向く。


ひかり「どうして、分かったの?」

ロイス「ひかりの足音だったからだ」

ひかり「……足音で誰だか分かるの?」

ロイス「大体は足音と気配で誰が来たのかわかる」

ひかり「いつも、そんなに気を張っているの?」

ロイス「もう、癖がついている。自然と分かるだけだ」


そうだよね。私と同じくらいの年なのに王様をしているくらいなんだもん。

どんなに大変な目にあってきたんだろう。

それは、多分、私には計り知れないことなのだと思う。


ひかり「……なんか、どっかの殺し屋さんみたいだね」

ロイス「そうか……、まぁ、殺し屋みたいなものだからな。王とは……」


そう言う、意味で言ったんじゃないのにな。

何だか傷つけてしまったような気がする。

冗談だったんだけどな……。


ひかり「ち、違うの、そういう意味じゃなくて、私の世界では」


弁明しようとした瞬間、大きな怒号が響いた。


クルー「敵襲だ!! 敵だー!!」


え? 今日は比較的、安全で敵に遭遇することもないってアスナは言っていたのに……!?

驚きを隠せないでいると、突然、私は襟首を捕まれ、後ろへと引きずられた。

襟首をつかんだのは、アスナだった。


アスナ「ひかり、アンタは中にいな」

ひかり「どうしたの!?」

アスナ「ペルティナ族の小隊とぶつかった」

アスナ「まさか、こんなところにも潜んでるなんて思いもしなかった」


アスナの瞳の先には黒い点のような、ものが見える。

よく見知ったペルティナ族の羽の色だ。


アスナ「少し、船を加速させるから、中に入ってな」

ひかり「分かった」


アスナは私にそういうと、船体の前の方へと向かい、てきぱきとクルーに指示を出す。

私は言われた通り、中に入ろうとした。

その途端、船が大きく揺れて、私はバランスを崩して転がった。


ひかり「きゃあ」


なんとか、船の縁の部分にぶつかっただけですんだが、ぶつかった部分はとても痛い。

ふと、顔を上げた瞬間、縁を誰かの手が掴んでいた。

……まさか。

私はそっと下を覗きこんだ。

そこには、何とか縁に捕まっているロイスがいた。


ひかり「ロイス!!」


私はロイスの腕を掴んで持ち上げようとした……。

でも、私より、ロイスの方が重いし、引き上げることは無理だ……。


ロイス「ひかり……、手を離せ!」

ひかり「いや! ロイスが落ちたら……いや」


でも、このままじゃ、本当にロイスが落ちちゃう。

なら……。

私は渾身の力を振り絞って、砲丸投げの要領でロイスを船へと叩き込んだ。

その代わりに、自分を虚空へと投げ出す。


ロイス「ひかり!!」


良かった。成功したみたいだ。ちゃんとロイスが船の中にいる。

安心すると同時に、私の体をいつもの浮遊感が襲う。

風がびゅうびゅうと耳のそばをかすめていく。

もう、ある意味慣れっこになってしまった。慣れとは怖いものだ。

誰か助けに助けにこなくても、このまま死んでしまっても別段いいような気がする。

もう、怖い思いも、つらい思いもしないならば楽なような気さえする。

それでも、神様って言うのは、底意地が悪くて、どうやっても私に生きる道を指し示す。


ひかり「!?」


背中に衝撃を感じて、思わず咳き込む。


ひかり「げほ……げほっ、げほ」


何? 何が起こったの? 私は自分を受け止めたソレを凝視した。

白い機械の……手?

精巧に作られた機械の手は人間の手のように私を受け止めていた。

なに……これ?

私は機械の手から、腕……、顔へと視線を移す。

瞳に当たる部分には光が伴い、私の様子を見ているようだった。


ひかり「これ……もしかして、《大いなる翼》?」


それは真っ白な機体に、機械の翼を持っており、当然のように翼を動かしていた。

《大いなる翼》は私を手のひらに乗せると、急上昇していく。

突風が吹きつけ、私の体を押さえつける。


ひかり「っ……」


そっと、機械の手のひらから下を覗くと、遥か下の方に、アリア号が見える。

私を手のひらに乗せたまま、《大いなる翼》は空中に停泊する。

アリア号を助けたくて、私は《大いなる翼》へと言葉を発していた。

それが、私の言葉を理解するのかどうかは分からなかったけど。


ひかり「《大いなる翼》、アリア号を助けて!」


そっと、手を差し伸べ、《大いなる翼》の表面を撫でた。

すると、機神は私の意志を聞き届けたかのように、急落下し、アリア号の前へと立ちはだかった。


ロイス「《大いなる翼》!?」


ロイス達の驚きの声が聞こえる。

《大いなる翼》は大きな翼をバサバサと力強く動かし、ペルティナ族の戦艦を睨みつける。

機神は口のような部分を開いた。

ぐううう……と、何かが空気中で集められるような音がした。

その瞬間、《大いなる翼》から赤い魂のようなものが、ペルティナ族の戦艦へと激突した。

そして、大爆発を起こした。


ひかり「きゃ!」


大爆発の突風が私を襲う。

私は機械の指先を必死に掴み、爆風に耐えた。

爆風が収まると、焦げ臭い匂いが、煙が私の鼻をついた。

白い機械の指先から、顔を出すと、分かりきっていたけど、ペルティナ族の戦艦が炎を上げながら、落下していく所だった。

その様子を見ながら、今更になって、私は大変なことをしてしまったと後悔した。

しかし、アリア号のみんなは嬉しそうに機体の周りへと集まってくる。


バルド「お嬢ちゃん、よくやったな」

フェルナ「よく探し出してくれましたね」


真っ白な機体はゆっくりと、アリア号の甲板へと着陸すると機能を止めた。

ロイスとアレックスも喜びの表情で私を出迎える。


ロイス「ひかり! ありがとう」

アレックス「今回は、褒めてやってもいいぞ」


でも、私だけは浮かない表情をしていた。

何故だかわからないけれど、《大いなる翼》は眠らせたままにしておかなければいけなかったような気がする。

私がしてしまったのは、悪いことのような気がする。

まるで、核爆弾のスイッチでも押してしまったような……。

けれど、みんなが喜んでいるのだ。

私は勤めて明るい表情で、笑った。

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