第12話「事件の顛末」

翌朝。

よく眠れたとは言いがたい気分で私は起床した。

朝になったら、実はアレックスは殺されてました……、なんて恐怖なオチがつかないかちょっと心配だったからだ。

しかし、顔を洗いに廊下に出た瞬間、その心配は杞憂に終わった。


アレックス「おはよう」

ひかり「あ、アレックス、おはよう」


背中の羽には痛々しく包帯がまかれたままだったが、比較的、元気そうだ。


ひかり「アレックス、もう動いて大丈夫なの?」

アレックス「平気。縫ってもらったからな。動かすと痛いけど」

ひかり「じゃ、じゃあ、寝てた方がいいじゃない」

アレックス「今まで動かしてなかったんだ。別に動かし方なんて忘れてる」

ひかり「……ねぇ、アレックスは、後悔とか、してないの?」

アレックス「どうしてだ?」

ひかり「だって、せっかく、飛べるようになったのに」

アレックス「ボクは人族だ。「空の民」じゃない」

ひかり「そっか……。ごめん、変なこと言って」

アレックス「用事が無いなら、ボクはロイス様のところに行くけど?」

ひかり「呼び止めてごめん」


アレックスはたたっと廊下を走っていった。

本当に大丈夫そうだ。

さて、私も顔を洗いに行かなければ。

冷たい水を浴びて、眠気を取らないと……。

もしかしたら、眼の下にクマが出来てるかも……。

あんな事があったんだから、当然といえば当然だけど。

とことこ……と、洗面台へと向かうと、そこには思いもかけない人物がいた。

昨日の中心人物、フェルナだった。

彼は顔に水をかけると、ため息をついて、額を手で覆った。

その表情には明らかに疲れの色が滲んでいた。

私は顔を洗うのも忘れて、フェルナに声をかけた。


ひかり「フェルナ……」


フェルナは困ったような表情で私を見つめ、はぁとため息をついた。


ひかり「フェルナ、どこか、悪いの?」

フェルナ「いえ、どこも悪くないですよ」


そう言って、フェルナは微笑んだが、いつものような生気がない。

フェルナは顔を洗って、そのまま、洗面所から出て行った。

何処にいくのだろうか?


//場面転換

//船内廊下


お昼過ぎくらい、いつものように船内を模索していると、怒号が耳をつんざいた。

通りかかった部屋から、恐らくバルドの声だろう。

そこは会議室のようなもので、作戦や航路を決める時に使う部屋だ。


バルド「何で、そんな事したって言ってんだろーが!」

フェルナ「義勇軍を作るためです。皆、自国の兵力が不足しています。デモンストレーションを行えば少しは兵力も増すでしょう」

ロイス「だからと言って、勝手な行動を取られては困る。我々は連合軍として動いている。あなた一人の決断で勝手をされてるようならば、人族は連合軍から撤退させてもらう」

バルド「おいおい、俺には何の罪もないだろうが。こちらとの連合まで解消するこたーねーだろが」

ロイス「あなたもいつ寝返るか分かったものではない」

バルド「そんな事言い始めたら切が無いだろうが」

フェルナ「連合軍なんて初めから無理があったのですよ。どうせ相容れない国同士が団結すること事態が無駄だったのです」

バルド「だからと言って、一国で相手をするにはペルティナ族は強大すぎるだろう」

フェルナ「その通りです。けれど、私は参加しなくても結構です」

バルド「じゃあ、お前は一人で戦うって事か?」

フェルナ「いいえ。他にも手は打ってあります」

バルド「……まさか、その、他の手ってのは、密告なんかじゃねーよな?」

フェルナ「いけませんか? 自国と城の返還を要求し、船の情報を流していたのは私です」


中からがたがたと物凄い音がしている。


バルド「ふざけてんじゃねーよ! てめぇが一番の裏切り者だろうが!」

フェルナ「これしか私には出来なかったんですよ」

ロイス「二人とも落ち着け!」

バルド「アレックスが寝首をかくなんてほざいてたわりにゃー、てめぇが一番、寝首かきそうじゃねーかよ!!」

フェルナ「そんな事はしません。あくまで、情報を流すだけが私の役目ですから」

バルド「どうりでおかしいとは思ってたんだよな。あんなにすぐに船の居所がつかめるなんて……。そう言うことだったんだな」

ロイス「……フェルナ王、あなたには失望した」

バルド「連合軍は解散だ。フェルナ、お前は裏切り者として俺が切り殺す」

フェルナ「私が死んだら誰が、私の国を治め、守るのですか? よく考えてから殺した方が得策ですよ」

バルド「ちっ……。だが、覚えておけよ。もう、誰もお前を信用しない。お前の国もな!」


凄い勢いでバルドが部屋から出てきた。

ドアを荒々しく開けると、その辺の壁を蹴りつけ、どこかへ行ってしまった。

部屋の中に残されたロイスもフェルナも重苦しい空気のままだ。

このままじゃ、連合軍がなくなってしまう。

戦争を終わりにするどころか、更に広がってしまう。

三つの国を何とか仲直りさせなければならない。


ロイス「気分が悪い。私も退席させていただく」


そう言って、ロイスも部屋を出て行ってしまった。

ああ、もうどこから手をつけていいやら。

と言うか、私が何か言ったところでこの事態は収拾がつくのだろうか?

余計にこじらせてしまうのではないだろうか……。

それでも……。


ひかり「フェルナ……、今の話、本当?」

フェルナ「ええ。あなたの情報を渡せば、城と町は返すと言う約束になっていました。事実、あなたの情報を流したところ、すっかり信用を頂いています」

ひかり「じゃあ、フェルナはペルティナ族の仲間になるの?」

フェルナ「いいえ。利用しているだけです。信用していただけた今は、偽の情報を流して、あなたの居場所をかく乱しています」

ひかり「どうして、それを早く言わないの!」

フェルナ「言う前にバルド王もロイス王も怒って出て行ってしまったし、少しの間であろうと情報を流し、裏切っていたのは事実です」

ひかり「それ、ちゃんと伝えた方がいいって」

フェルナ「もう、信じてもらえないでしょう。自分のために仲間を殺すような奴ですから」

ひかり「もう! フェルナはフェルナでちゃんと情報かく乱って仕事しているじゃない! それを言えば、みんなだって納得するよ。アレックスを殺そうとした件についてはフェルナが悪いけど、みんなの為を思ったんでしょ?」


この瞬間、私はアスナの言葉を思い出した。

『私は人がなるべく死なない選択をした。多分、仲間であっても一人の命と大勢の命を天秤にかけられたら、私は迷わず一人を見殺しにして大勢を助ける』

戦争を終わらせるため、フェルナは一人を殺すことにしたんだ。その判断はアスナと同じ気持ち。ただ守りたいだけなんだ。

それを、バルドもロイスも気がついてないだけなんだ。

みんな、守りたいものは一緒なのに、気がつけないでいる。

だからって、アレックスを殺すことはない。

みんなで、守りたいものを守れるように考えればいいだけの話なんだ。


ひかり「フェルナ! ここで待ってて!」

フェルナ「ひかり?」


私は部屋を飛び出すと、廊下を駆け回り、乗組員に聞きいたりして、バルドを見つけ出した。


ひかり「バルド、話があるの、さっきの部屋に、戻って」

バルド「俺には話しはねーよ」

ひかり「みんな、誤解してるの! ちゃんと話あって!」

バルド「誤解も何も無いだろうが! あの野郎、殺そうとしたんだぞ!」


バルドは怒りが静まらないのか、怒気を荒げている。

このままじゃ、部屋に戻っても同じ結果になってしまう。

私まで大声で話をしてはいけない。ゆっくりと静かに声を紡いだ。


ひかり「あのさ、バルド、もし……、もし、バルドが大勢の人と戦っていて、負けそうになって、撤退するじゃない。その時、一人だけを逃がして大勢で迎え撃つか、一人だけ残して大勢の人たちを助けることが出来るなら、どうする?」

バルド「そりゃ、一人を残すに決まって……」

ひかり「それと一緒なんだよ。一人を残して、危機感をあおり続けるか、一人が死んでみんなの気持ちを一つにするか、そういう裏がフェルナにはあるんだよ」

ひかり「私は、やっぱりフェルナが私怨やデモンストレーションなんかで人を殺す人には見えないな。だって、もっといい案があるもの。だから、今度はそれをみんなで考えよう」

バルド「……ここはお嬢ちゃんに貸しが出来たな」

ひかり「さ、部屋に戻ってて、私、今度はロイスとアレックスを探してこなくちゃ」

バルド「分かった」


私はバルドと分かれると、今度はロイス達を探し始めた。

また、船内を駆け巡り、船員に聞きながら、ようやく居場所を突き止めた。

昨日の今日で疲れていたのか、アレックスは眠りこけロイスの肩に頭をあずけていた。

私はアレックスが起きないようにこっそりと近づき、小声でロイスに話しかけた。


ひかり「ロイス、さっきの話なんだけど、もう一回、話し合いしない?」


ロイスはあからさまに嫌そうな顔をして、首を横に振った。

どうやら、会議の席には出席してくれなさそうだ。

私はもう一度、バルドに説明した内容をロイスにも話した。

すると、ロイスは恐ろしい形相で私を睨みつけた。


ロイス「大勢のために死ぬ生贄がアレックスだと言うのか?」

ひかり「ちがう、ちがうよ。そうじゃなくて」

ロイス「大勢が助かるなら一人を殺すしかないなら、ひかりも同じだ」

ひかり「ちゃんと聞いて!」


自分でも驚くような声が出た。


ひかり「誰も死なないように、みんなで考えようって言ってるの!」

ロイス「……アレックスも含めて、のことか?」

ひかり「そうだよ。当たり前でしょ」


私達の話し声で起きてしまったアレックスはわけが分からない様子でふあとあくびをした。

まったくのん気な奴。


//暗転


こうして、再度、会議の場が設けられた。

決して、友好的な空気ではないけど、仕方がない。

また、意見を言い出して勝手に決裂しないように、私とアスナさんが同席することになった。

どかっと椅子に座ったバルドが一番最初に言葉を発した。


バルド「で、戻ってきたわけだが……」

アスナ「まず最優先事項として、アレックスの処刑は見送りにしたい。どうせ、飛べやしないんだから、スパイするなら羽つきの方が何かと便利だ」

アスナ「ま、みんな分かってると思うけど、羽を切り落とすことの意味を……、この先、アレ

ックスは空の民として扱うことは出来ないはずさ」

バルド「そこまでは、別にいい。それより、フェルナ王の独断での処刑未遂はどうなる?」

ひかり「さっき、説明した通りに、他の人への面子だと思う」

フェルナ「私はそんな事、考えていませんよ。ただの私怨にみちた復讐者です」

ひかり「そんな事ない。私が知っているフェルナなら、何か裏があるはずだもん」

ひかり「大勢を助けるためにやったことなんでしょう?」

フェルナ「……ふぅ、そんなわけないですよ。偶然にそうなっただけです」

ロイス「では、結局、アレックスを殺せと言うのか?」

ひかり「そうじゃないよ。アレックスは空の民ではないから、殺す価値はないはず」

バルド「じゃあ、結局どうしろっていうんだ?」

ひかり「お互い、にらみ合ってたんじゃどうしょもないでしょ。仲直りしよう」

バルド「スパイがいるのにか? 冗談も休み休み言え」

アスナ「いやいや、スパイしてたのは最初の方だけ。後は偽の情報を流して、相手の作戦をかく乱している。おかげで、アリア号は見つかってないのさ」

ロイス「なぜ、今まで黙っていた」

フェルナ「裏切っていたのは事実ですから、つい……」

バルド「お前はホント隠し事ばかりだな。少しはちゃんと事情を説明してから行動しろ」

アスナ「頭が良いのに、直情型だからね。話す前になんでも行動するんだから、困ったもんだ」

バルド「……そんな事情があったとは知らなくて、悪かったな」

ロイス「一概に礼は言えない。アレックスを殺そうとした件については、怒りを納められない」

ひかり「みんなが不安に思っているから、その不安を消すために行動しただけだよ」

ひかり「だって、これは、戦争なんでしょう? 一人をとるか大勢を取るかが天秤にかけられただけ。でも、みんなが一致団結すれば、今回はどっちも助けられるはずでしょう?」

バルド「……確かにな。敵種族であっても、羽を切り落とし、忠誠を誓ったんだ、十分だろう」

フェルナ「今回の件は私の判断ミスです」

ロイド「また、同じ事件が起こるならば、許せる範囲ではないが、一時休戦し、再び連合軍に戻ろう」

ひかり「じゃあ、仲直り! さ、連合軍でがんばっていこう!」


こうして、アレックス殺人未遂事件と連合軍危機事件は幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る