第10話「神様のわがまま」
ひかり「だめ!!」
私は思わずバルドとロイスの間に割って入っていた。
ひかり「だめ。アレックスを殺したりしないで」
バルド「……お嬢ちゃん、どきな」
ひかり「嫌です。バルド、どうしてそんな事言うの?」
バルド「こちとら、冗談や酔狂で戦争なんてしてねーんだよ。下手な同情は自分達の命に関わる。お遊び気分の神様にゃ分からんだろうが、毎日、毎日、俺達の同胞は死んでンだよ」
フェルナ「……ひかり、貴方には酷かもしれませんが、バルド王の言うとおりです。私たちは一国を背負っているのです。そう簡単に命を危険にさらせないのです」
ロイス「……アレックス、俺を許せるか?」
アレックス「はい、ボクの命はロイス様のものです」
ひかり「アレックスもロイスもそんな事言わないで!! どうして、そんなに簡単に命の奪い合いができるの!? 昨日まで仲間だった人を簡単に殺せるの?」
バルド「王とは孤独なものなんだよ。元々、仲間ってモンが存在しねーんだ。家臣だろうが、自分の親だろうが、危険人物になった瞬間に切り捨てる。それが出来なきゃ王にはなれねーのさ」
ひかり「……そんなの、さびしいじゃない……」
フェルナ「……」
アスナ「はいはい、お取り込み中悪いんだけど、ちょっと、その判断は早くないかねぇ」
バルドがアスナさんを睨みつける。
アスナ「大体、この船にだってペルティナ族のハーフは元々乗っているんだよ? なんで今更アレックスだけが槍玉に挙げられるわけ?」
バルド「こいつの翼をみろ。純血じゃねーかよ」
アスナ「純血だから何だって言うの? アンタまで、混血なら母国を持ってないなんて思想を持ってるわけ? ハーフはね、どっちの国も故郷だと思ってんのよ。それとも、ハーフは劣ってるって思ってるわけ?」
バルド「そんなふうには思ってない。ただ、ここにペルティナの純血が居るって事は色々と問題が大きすぎる」
アスナ「この船は私の船よ。私が良いっていってんだからいいのよ」
バルド「おい、この船はどの国にも属せない混血者を乗せてるのが大前提だろーが!」
フェルナ「私も意見は一致します。純血の……、しかもペルティナ族を乗せるとなると、この船と国が交わした大前提の制約が解除されます。場合によってはアリア号はペルティナ族側についたと誤解されかねない。いや、私の国の民ならば、恐らくそのように判断をし、暴動になる可能性がある」
ロイス「……そうだな。アリア号に迷惑はかけられない。アレックスには」
ひかり「だから! なんで、そんなに簡単に殺す方向しか考えられないの!」
ひかり「他にもっと良い方法がないか考えられないの?」
ふと、私はアレックスの顔を見て、変な違和感を覚えた。
あれ? アレックスの顔、どこかで見たことがあるような気がする。
いや、いつも船内で見てはいるんだけど、どこかで、とても重要なこと。
ああ、喉まで出掛かっているのに、なんだっけ。
どこで、見たんだっけ……。凄く、凄く、嫌なところ……。
ひかり「あーーーー!!」
バルド「今度はなんだ? お嬢ちゃん」
ひかり「ペルティナの王様と、アレックスは同じ顔してる……」
フェルナ「……は?」
ひかり「お、お、同じ顔。ど、どう、どうして?」
アスナ「ペルティナ族の王と何らかの関係者かも……。下手したら、王族かも」
バルド「それなら、余計に処刑しておくべきだ」
アスナ「……ちょっと、よくお聞きな。この子を使って、戦争を終わりに出来るとは思わないのかい?」
バルド「!?」
フェルナ「!?」
ロイス「!?」
バルド「……なるほど」
フェルナ「だが、こいつが本当に関係なかった時はどうする?」
アスナ「よしんば、関係なかった時は、この子の首を取ればいいじゃないか」
フェルナ「その時は、当初の予定通り殺すと……」
ひかり「え!? え?」
ロイス「アレックス、それでいいか?」
アレックス「はい、ロイス様」
アスナ「決まったようだね。それじゃ、アレックス、悪いけど今夜は牢で休んでもらうよ」
アレックス「はい」
ひかり「……」
絶対、殺させたりしない。
もし、交渉が上手くいかなくたって、アレックスを殺させたりしない。
あんなに、ロイスが好きで、人族が好きなアレックスが何の罪もなく殺されるなんて、見たくない。
いや、見れない。
そんな非情なみんなの姿、見たくはない。
//暗転
//ひかりの部屋
//おと:コンコン
アスナ「ひかり? ちょっといい?」
ひかり「アスナさん? いいですよ」
アスナ「今日は悪かったね。アレックスを殺すように促しちゃって」
ひかり「いえ、アスナさんが言ってくれたから、あの場でアレックスは殺されなくて済んだんです。ありがとうございます」
アスナ「そんなん、いいのよ。それより、アレックスの問題は残ったままよ。どうする?」
ひかり「……逃がしてあげられないですか?」
アスナ「……それがね~、もう、お試し済みなのよ」
ひかり「え?」
アスナ「この間に逃げなって言ったんだけど、ロイス様の為に残るって聞かないのよ」
アスナ「どうしたら、いいと思う?」
//翌朝
何も解決策が無いまま、朝を迎えてしまった。
バルド、フェルナ、ロイス、アレックスは、ペルティナ族の王の元へと向かった。
もちろん、私もついていきたいと、懇願し、連れて行ってもらう事になった。
大きな浮島の上にて、その会談は行われた。
ペルティナの王にしてみれば、その会談は無意味以外の何者でもなかったのに。
彼はその会談を受けたのだった。
アレックス「……」
アレックスはただ、黙ってロイスの後ろに付き従った。
殺されるかもしれない、その状況をものともしない。
そんな強さ、気高さ、忠誠心は尊敬するに値する。
フェルナ「約束の時間ですね」
バルド「……さて、お相手さんが上手く策に乗ってくれるかね」
ロイス「……」
ロイスも無口だ。
しばらくすると、北の方から黒い翼を持った者達がこちらへと向かってきた。
もちろん、私たちにも護衛が付いている。
ひかり「……来たね」
仮面をつけた、ペルティナ族の王、バラウールは浮島に降り立った。
そして、アレックスの顔を見るなり、くくっと喉の奥で笑った。
バラウール「……それが人質?」
バルド「仮面を脱げ!」
フェルナ「王同士の会談です。ちゃんと顔を見せていただきたい」
その二人の意見をもっともだと言わんばかりに、バラウールは仮面を取り外した。
仮面のその下は、やはりアレックスと同様の顔をしていた。
その様子にロイスもバルドもフェルナも息を呑んだ。
当のアレックス本人さえも、バラウールの顔を見て驚きを隠せない。
バラウール「はは……、驚いたかい?」
バルド「……お前は、一体、何者だ!!」
バラウール「まだ、正体は教えてあげないよ」
フェルナ「正体など、どうでもいいことでしょう。さ、人質と交換に要求を呑んでいただけましょうか?」
バラウール「は? 誰が要求を呑むなんて言ったかい?」
ロイス「どういう意味だ!」
バラウール「好きなようにするがいい。殺してしまった方が僕にも好都合だ」
バルド「どういう意味だ!?」
バラウール「そんな事のために僕を呼んだのかい?」
そういって、バラウールは笑うと、仮面を付け直し、来た道を引き返していった。
交渉は決裂したのだ。アレックスの処刑は決まったのだ。
私たちは浮島を後にし、アリア号へと帰ってきた。
一番最初に言葉を発したのはバルドだった。
バルド「バラウールは、アレックスを殺した方が都合がいいと言っていたな」
フェルナ「確かに……」
バルド「と、言う事は、奴にとって、アレックスは生きていると都合が悪いんだろうな」
フェルナ「……だからと言って、アレックスを見逃すことは出来ないでしょう」
ロイス「俺としては、アレックスをこのまま、拘束しておいていただきたい」
フェルナ「それは、早計でしょう。バラウールのはったりかもしれません」
バルド「しかし、本当に奴にとって邪魔者であった場合、切り札として使える可能性が残っている。殺すことは簡単だ。だが、殺した後に間違っていたらどうする?」
ロイス「私情を挟まず、言うならば、俺もバルド王に賛成だ」
ロイス「何かしらの切り札としての価値が見出せるのなら、今は生かしておくべきだ」
フェルナ「しかし、バラウールの策略かもしれません。こうやって油断させた隙に私たちの命を狙っている可能性も捨てきれないでしょう」
バルド「でも、アレックスが何かしら王族の切り札で、彼を殺した為に何の枷も無くなり、ペルティナ族が攻めて来る可能性もある」
バルド「よく考えて行動すべきだ。一時の感情論で決めるのははやすぎるぜ」
フェルナ「感情論で物事を決めてはいない! ただ、寝首をかかれるのはごめんだと言っているだけです」
ロイス「もし、アレックスが寝首をかく気なら、もうとっくの昔にしている」
フェルナ「今は違うかもしれないじゃないですか。種族が判明した今となっては、なりふりかまわず、殺しにかかってくるかもしれないでしょう」
バルド「……フェルナ王、お前の意見は感情に左右されている。もっと冷静に判断しろ」
フェルナ「私はいたって冷静です。ロイス王もバルド王もアレックスに同情的なだけです。もっと冷酷に疑うことを覚えた方がよろしいかと思います」
バルド「疑いすぎて、裏の裏をかいて、表を見あまっちゃ元も子もないぜ」
突然、アレックスがみんなの会議の中へと入った。
アレックス「ボクが、ペルティナ族だから、問題なんでしょう?」
そして、みんなの見ている前で、アレックスは剣を取り出し、自らの羽へと刃を付きたてた。
ロイス「な、なにやってるんだ!!」
アレックス「……この羽さえなければ、何の問題もないでしょう?」
苦痛に顔を歪めながら、アレックスは自らの羽の片方を切り落とした。
鮮血が背中をぬらし、ぼたぼたと床に血だまりを作っていく。
黒色の羽が舞いちり、みんなの口はあいたまま、ふさがらなかった。
フェルナ「……アレックス」
バルド「お前……」
そして、アレックスはもう片方の羽の付け根にも刃を突き立てる。
その想像を絶する痛みに、私は震えた。
ひかり「あ、アレックス……、や、やめてよ!! 痛いでしょ!!」
アレックス「ボクのせいでロイス様が困るなら、こんな羽なんか……、必要ない」
アレックス「ボクは人族として生きていく」
もう片方の羽もぼとりと血だまりの中へと落ちた。
背中は二つの大きな切り傷がのこり、まだまだ血を溢れさせている。
私はかける言葉も、声も失って、ただ、アレックスの行為を見つめていた。
そんな呪縛をといたのは、アスナの大声だった。
アスナ「な!! なにやってるの!! アレックス!!」
アスナはすぐさま、手に持っていたタオルでアレックスの羽の止血をする。
痛みに耐え切れなかったのか、ばたりとアレックスは床に倒れこんだ。
ロイス「あ、アレックス!!」
討論は一時中断になり、みんなでアレックスを医務室へと運び込んだ。
医務室の医師は渋い顔をして、傷の縫合を行ってくれた。
アレックスの羽はまた、元の小さな羽根へと戻ってしまった。
あんな覚悟を見せられたのだ。信用するに値する。
みんな、何も言わなかったが暗黙の了解として、処刑を見送ることになった。
せっかく飛べるようになった翼を自ら切り落とすことの悔しさ、空を飛べなくなるつらさ。
そして、翼を切り落とすことの意味、痛みを知っているのだから。
それらをみんな知っているのだから。
//暗転
//主人公の部屋
その夜、結局、眠れ無かった。
あんなことがあった後、簡単に眠れるほど、私の神経は太くない。
また、月夜でも見に行こうかな。
少しはこの気持ちを抑えられるような気がして、私はそっと部屋を出た。
すると、廊下の先にランタンの光につられ、人影がちらついていた。
その人影はゆっくりと、けれど着実に足音と気配を消して、進んでいく。
なんだか、嫌な予感がする。私もこっそりと、その人影を追って、進んでいく。
//暗転
暗がりの中、ちらりと見えた部屋は医務室だった。
人影はゆっくりとドアノブを回し、音を立てずに中へと進入する。
私はその影を追うべきか、追わないべきか、ドアの前でしばし悩んだ。
けど、何か嫌な予感がする。
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