第9話「バラウールとの邂逅」

それから順調にアリア号は東の援軍との合流を果たし、西に作戦決行日の日取りを知らせる伝令兵を派遣した。

結局、《大いなる翼》というものは私の前に現れずにいた。

本当に厄介者だなと、自分でも思う。

そんな私をアスナやバルド、ロイス、フェルナは励ましてくれるけど……。

いつものように昼と朝の間の人が少ない時に、私は食堂へと足を運び、本日の朝食にありついていた。

今日は目玉やきっぽいなにかと、パンっぽいなにか。

何が入っているのか、どんな調理方で、材料は何か、考えてはいけない。

もしゃもしゃと食べていると、突然、どーんという大きな音が響いた。

続いて、船がぐらぐらと揺れる。


ひかり「!?」


食べかけのパンらしきものが喉につかえて、慌てて水で流し込む。

一体、何が始まったと言うのだろう!?

私は食器も片さず、食堂を飛び出した。

長い廊下を走りぬけ、甲板へと転がりこんだ。


//背景:甲板


そこから見えたのは、船に搭載された大砲が火を放つところだった。

再び、どーんという大きな爆音と共に黒い玉が飛んでいく。

そして、花火のように空中で爆発する。

多分、それは、空を飛んでいる人向けの大砲なのだろう。

空中で爆発して、空を飛んでいる人を爆発に巻き込むのだ。


乗組員「奇襲だ!! 北からペルティナ族の軍勢が来るぞ!!」


誰かが叫んだ。

バルドさんがにやりと笑う。この事態を予期していたようだ。


バルド「今回の襲撃は回避できそうにねーな」

フェルナ「そうですね」


隣に立つ、フェルナさんも同じように顔色を変えずにいる。


バルド「倒すことより蹴散らすことを優先しろ。数はあっちの方が上だ! その分、蹴散らして船を守れ!」

フェルナ「撤退させることが重要です! まともに相手はしないでください!」


二人とも的確に指示を与える。

私は立ち尽くしたまま、そんな二人を見つめていた。


バルド「ロイス王、あんたは白き神の護衛だ」

ロイス「分かっている。行くぞ、アレックス」

アレックス「はい! ロイス様!」


私はロイスに手を引かれ、船内へと戻った。

しばらくして、外からは剣戟の音が聞こえてくる。

これが、本当の戦争……。本当に、殺しあっているの?

私はそっと、窓から顔を出した。

そこから見える景色に眼を疑った。

翼を持った人たちが剣を持ち、殺しあう。

赤い血が空に舞い、赤く染まった羽がいくつもひらひらとしている。

あの時の一人を殺した時の非ではない悲鳴と絶叫。

これが、あの時言っていたアスナの戦争。

嫌ってほど人が死ぬ……。


ひかり「ひっ……」

ロイス「何をしている! ひかり、行くぞ!!」


ロイスは私の手を引くと、奥の部屋へと駆け込んでいく。

けれど、廊下にはすでに敵の姿があった。

黒い翼を持ったその人たちは血で濡れた剣をこちらに向けていた。

ロイスも剣を抜き放つ。


ロイス「アレックス!! ひかりをつれて逃げろ!!」

アレックス「ロイス様!?」

ロイス「大丈夫だ! 俺も後からちゃんと追いつく」


アレックスは私の手を引いて違う場所へと逃げる。

その後ろで、ロイスは敵と交戦している。

響く剣戟。口の中に広がる鉄のようなにおい。

これが、戦争?

これが、この世界の通常?

これが、私の置かれている状況?

混乱して、思考回路がうまく働かない。

ただ、アレックスに引っ張られるままに私は船内を駆け回る。

ようやく、目的の場所についたのか、アレックスは私の手を離した。


アレックス「……ここに隠れていろ」

ひかり「あ、アレックスは何処に行くの?」

アレックス「ロイス様の加勢に行くに決まってるだろ」

ひかり「行かないでよ。一人にしないで……、怖いよ」

アレックス「……自分の身は自分で守れ」

ひかり「嫌だよ。そんなこと言わないで」


アレックスは何も言わず、短剣を私に持たせた。


アレックス「何かあったら、これで何とかしろ」

ひかり「いや、いやだよ。怖い怖い!!」

ひかり「だって、私の護衛なんでしょ!? 一人にしないで!」

アレックス「今は一人でも多くの人が戦わなきゃいけないんだ」

ひかり「お願い、お願いだから、行かないで」

アレックス「ここに居れば平気だから、そんな顔するな」

ひかり「……わ、わかった……、もし、殺されたら、アレックスを祟るから」

アレックス「お前は殺されない。どうせ、さらわれるだけだ。今回の襲撃はお前が目当てだからな」

ひかり「私が目当て?」

アレックス「みんな《大いなる翼》が欲しいんだ」

アレックス「じゃあ、行くからな。すぐにロイス様と一緒に戻ってくる」


私は勇気をもってアレックスを見送った。

空樽の中に隠れ、時々外の様子を伺った。

廊下は血と誰の羽なのか分からないほどの大量の羽が埋め尽くす。

黒も白も茶色も赤も色々な羽が散らばっている。

私は樽の中で震えた。戦場とはこんな所なんだろうか。

きっと、甲板はもっと酷いことになっているんだろうか。

バルドもフェルナも大丈夫だろうか?

ロイスは? アレックスは? アスナにオババさん……、無事なんだろうか?


//SE:がた


その時、がたりと物音が私の耳に届いた。

もしかして、ロイスかアレックス?

そっと、のぞくと違った。

黒い翼を持ち、剣を携えたペルティナ族だった。

どうしよう。見つかったら殺されるかもしれない。

心臓の音がどうしょうもなく大きくなるような気がした。

息を殺す。どうしても息が荒くなってしまう。

私は口に手を当てる。

口から心臓が飛び出しそうだ。

早くどっか行って……。お願いします、気がつかないで。

私は神様に泣きそうなくらいお願いした。

でも……。


敵「……そこに誰かいるな?」


気がつかれてしまった。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

頭の中はパニックだ。思考回路も上手く働かない。


敵「早く出て来い。出てこないなら……、切り殺す」


背筋に冷たいものがすべり落ちた。

私、ここで死んじゃうの?

学校の屋上から落ちたような、現実味のない死なんかじゃない。

これはとてもリアルで恐怖を持つ死だ。


敵「……白き神か? もし、白き神ならば殺しはしない。早く出て来い」


私はおそる、おそる、樽の中から出た。

敵はにやりと笑った。

本当だ。私が目的だったんだ。

敵は私を抱え込むと、壁をぶち壊し、空へと舞い上がった。


敵「白き神が本当に子供の女とは……」


ペルティナ族のその人は驚き、笑った。

そして、私を抱えあげると、窓から飛び降りた。


敵「おとなしくしていろ。間違って落とすかもしれないからな」


私、どこへつれて行かれるの?

どうして、私だけこんな思いするの?

私は恐怖心にさいなまれ、ただ、なすがままに、さらわれたのだった。


//暗転

//飛行船内


しばらく飛び続けると、アリア号とは違う大型飛空船があった。

私はそこへと運びこまれ、仮面をつけた変な人の前に突き出された。

仮面の男は私を面白そうに見た。


???「へえ……、こんな年端もいかない少女が本当に白き神だったんだ。確かに、気を感じるから間違いないね」

???「……なに、怯えることはないよ。《大いなる翼》を見つけてくれればいいだけの話だ」

ひかり「あなた……、だれ?」


私は震えていた。味方もいないこの状況で、本当は泣いてしまいたかった。

でも、勇気を振り絞って、仮面の男に疑問を投げかけた。

仮面の男は面白そうに喉の奥で笑うと、仮面をゆっくり外した。


???「僕はバラウール。ペルティナ族の王にして、世界に君臨する者だ」

ひかり「……バラウール……。ペルティナ族の王様?」

バラウール「そうだ。白き神よ……、共に世界をおさめようよ」

ひかり「……どうして、そんな事、するの?」

バラウール「? 何故、そんな事を聞くの?」

ひかり「……だって、世界に君臨したって、何があるの?」

バラウール「権力だ!! 誰にも何も言わせない権力が手に入る。僕は世界の王になりたい」

ひかり「そ、そんな事の……、た、為に、戦って……るの?」

バラウール「そんな事? そんな事が誰もが夢見ているのに?」

ひかり「そ、そんな事……、誰も、ゆ、夢、みたり……しない」

バラウール「いいや。誰もが世界の王になりたいと思っているのさ。ロイス王もバルド王もフェルナ王も、隙あらばみんな、世界の王を狙っている。僕はそんな欲望に忠実なだけさ」

ひかり「み、みんな……、そう、思っていた……と、しても、そんな事……してないじゃない」

バラウール「だから、言っただろう? 僕は欲望に忠実なのさ」


説得は無理だ。

それに、もう恐怖の限界が来ている。

このバラウールという王様からは禍々しさを感じる。

恐怖だ。この人は、人を畏怖させる何かを持っている。

狂気? 破壊? 欲望?

どれにしても、私には恐怖の対象にしかならない。

バラウールは再度、仮面をかぶりなおすと、せせら笑うように、命じた。


バラウール「白き神を牢屋に案内して差し上げろ」


私はペルティナ族に腕を引かれ、牢屋へと案内される。

アリア号とは違う、暗い廊下を歩かされる。

私は……、このまま、どうなるのだろう。

《大いなる翼》なんか、見つかりっこないのに。

そんな物の為に、恐怖に怯える日々を過ごさなければならなくなるの?

がくがくと肩が、膝が震えて、上手く歩けない。

そんな私を面倒そうにペルティナ族の男は、腕を引いて更なる奥へと導く。

不意に光が瞳に入り込んだ。

窓があった。その窓はアリア号と少し似ていて、そこから「空の民」が出入りできるようになっている。

日の光は少しだけ私の気持ちを軽くしてくれた。

と、日の光に人影が写りこんだ。


ロイス「ひかり!! どいていろ!!」


バキーンという音と共にロイスが船へと飛び込んできた。

上空にはバルドの姿があり、ペルティナ族と交戦中だ。

恐らく、上空からロイスを投げ落としたのだ。

なんてメチャクチャなやり方だ。


ひかり「ロイス!!」


私は思わずロイスにしがみついてしまった。

ロイスは私を守りながら、後退していく。


ロイス「フェルナ王!!」


今度は下からフェルナが飛び込み、私とロイスを抱えて急上昇。

そのまま、アリア号へと取ってかえす。

その様子を見ていたバルドも交戦をやめて、撤退してくる。


ひかり「バルド!! フェルナ!!」


私は腰が抜けたようにロイスに抱きついた。

もう、だめかと思った。もう、死ぬんじゃないかって思った。

死ぬのなんか怖くないって思っていたけど、いざ直面してみると違う。

孤独だと思っていたのに、いざと言う時は人に助けを求めてしまう。

そんな自分が本当にどうしょうもなく感じる。


バルド「お嬢ちゃん、泣いてる暇なんかないぜ」

フェルナ「この先もまだまだ敵がうようよしていますからね」

ロイス「すまない。怖い思いをさせた」

ひかり「……ありがとう」


ようやく、アリア号が目前に迫ってくる。

アリア号の上空や甲板では、まだまだ激しい激闘が繰り広げられていた。


フェルナ「悪いがここからは二人で行ってくれ」

バルド「くそっ! 雑魚どもめ!!」


フェルナは私とロイスを甲板へと落とすと、バルドと共に激戦へと身を投じた。

私はロイスに手を引かれるまま、再度船内へと転がり込んだ。

しかし、まだ船内にも敵が複数隠れ潜んでいた。


敵「白き神を渡せ!!」


ロイスは躊躇無く剣を振り下ろし、敵を一掃していく。

羽を傷つけられ、飛べなくなっていた、敵は悲鳴を上げながら落下していく。


落下する瞬間、敵の手が、私の足を掴んだ。

ひゅうと音がして、私は外へと投げ出されていた。

私の足は、ぴくりともしないペルティナ族の人が掴んだままだ。


ひかり「きゃ!」


それに気がついたロイスが慌てて私の手を掴みあげる。

無防備となったロイスの背中を交戦中の敵が切り上げ、ロイスまでも空中へと投げ出された。


ひかり「ロイス!」

ひかり「ろ、ロイス!! どうしよう!?」

ロイス「……」

ひかり「ロイス!?」


背中の切り傷、沢山の流血のせいか、ロイスは気を失っていた。


ひかり「ろ、ロイス!? 大丈夫?」


そんな事より、今は落下している事実を何とかしないといけない。

このままじゃ、二人とも地面に激突して死亡だ。

バルドもフェルナも交戦中で私たちには気がつかない。

どうしよう。このままじゃ……。


アレックス「ロイス様っ!!」


その瞬間、アレックスが私とロイスめがけて落ちてきた。


ひかり「アレックス!?」

アレックス「ボクはロイス様と共にある」

ひかり「馬鹿じゃないの!? ロイスがそんなこと、望んでると思ってるの?」

アレックス「……、でも、ボクには何もできない」


だからって、一緒に死のうだなんて間違ってる。


ひかり「アレックスまで落ちてきて、なにやってるのよ。今は一人でも多くの人が戦わなきゃいないんでしょ!?」

アレックス「ロイス様の命とは別だ!!」

ひかり「だからって、何で飛び出してきたの!? もう、馬鹿じゃないの!!」

アレックス「馬鹿ってなんだ!! ボクはロイス様の従者なんだ! 主君と命を共にするのが普通だ!」

ひかり「ああもう、これ、どうするのよ!!」

アレックス「どうしもできない。このまま、三人で地面に激突だ」

ひかり「それでいいの!?」

アレックス「誰かが気づいてくれれば、いいけど……、多分、無理」


その時、私は重要なことを思い出した。


ひかり「アレックス、あなた、翼があるんでしょ!!」

ひかり「私にもロイスにもない、翼が……」

アレックス「ボクは生まれつき翼が小さいんだ! こんな翼で飛べるわけないだろ」

ひかり「そんなの試してみなきゃ分からんでしょーが!」

アレックス「無理だ」

ひかり「あんたのロイス様でしょうが! 恩を感じてるなら少しは悪あがきしてみなさいよ」

ひかり「今、ロイスを助けられるのは、あんただけよ」

アレックス「!!」


アレックスは意を決したように、空を見つめた。

そして、リュックサックを空中で投げ捨てると、その小さい翼を広げた。

微かに動くその羽は少しづつ、ばさばさと音を立て始めた。

風を切り、一生懸命に翼がばたばたと悪あがきをはじめる。

それでも、一向に落下速度は変わらない。

もし、地面に激突したって、アレックスのロイス様は私が守ってみせる!!

私はロイスの頭を自分の手で覆った。

もし、万が一にでもロイスが助かるようにと……。


アレックス「ロイス様っつ!!」


音が変わった。

バサバサからバサンバサンと言う、大きな翼が空を力強く羽ばたく音だ。

上を見上げると、私とロイスを両手で抱えたアレックスの姿があった。


ひかり「アレックス……!!」

アレックス「……ロイス様、ひかり、無事?」

ひかり「大丈夫、大丈夫だよ」


私は泣きそうな顔で、アレックスを見つめた。


アレックス「なんか、痛いのか?」

ひかり「違う、違うよ……、なんか、こんなのってなんか……」


ちょっと、怖かっただけ。

でも、アレックスには黙っておく。恥ずかしいから。


ひかり「び、びっくりしただけ」

ロイス「う……ぅう……、ここは?」

アレックス「ロイス様!!」

ロイス「アレックス!? お前、飛べるようになったのか?」

アレックス「はい! ロイス様とひかりのおかげです」

アレックス「あ、ひかりはおまけみたいなものだけど」

ひかり「……どうして、そう一言多いのかな?」

ロイス「ここで喧嘩はやめてもらえるか……」


//暗転

//船の甲板


無事にロイスと私は甲板へと降り立った。

その頃にはもう戦いは終わっていて、敵の姿は無かった。

ただ、甲板は血と羽が散らばり、戦闘の激しさを物語っていた。

アレックスも降り立ち、ロイスを支える。

もう、ロイスには自分で立てるほどの気力は残っていないみたいだ。

アレックスが船に降り立ってくると、バルドとフェルナが慌てて駆け寄ってきた。


バルド「大丈夫か?」

フェルナ「無茶しすぎですよ」


そして、アレックスをみるなり、怪訝そうな顔をした。

二人同時にだ。

どうかしたんだろうか?

みんなが集まってきて、アレックスを見て渋い顔をしている。


バルド「おい、こいつの翼、見ろ」

フェルナ「この翼……!?」

ロイス「!?」

ひかり「どうかしたの?」

バルド「おいおい、ロイス王、これはどういった事だ?」

フェルナ「こんな所にこんな者を連れ込んで、私たちの寝首を掻こうというのですか?」

ロイス「……いや、そんなつもりはない。アレックスはただの人族だった」

バルド「人族? 間違いだろ? 最初から空の民だったじゃねーか。あぁ?」

フェルナ「そんな言い訳、通用すると思っているのですか?」

アレックス「……ボク、そんな、違う!!」

バルド「じゃあ、お前のでけー翼はなんだってんだ? あ? 説明できるならしてみろ」

アレックス「……ボク、自分が、自分の種族なんか分からなくて……、拾われた時から翼も小さかったし、だから、まさか、ボクがペルティナ族だったなんて、知らなかったんだ」


ペルティナ族? あの、アレックスがペルティナ族?


ロイス「俺の判断ミスだ。すまない」

アレックス「ロイス様は悪くないんです! ボクが、ボクがペルティナ族だったから」

バルド「ロイス王、この咎に関してはお前にある。即刻、こいつの首をはねろ」

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