第6話「翌朝」
結局、朝までろくに眠ることは出来なかった。
寝不足の顔を持ちながら、洗面所へと足を運ぶと、途中でアスナとぶつかった。
昨日の事があって、私もアスナも気まずい空気が流れる。
ひかり「アスナ……、おはよう」
アスナ「おはよう」
ぎこちない挨拶、早く移動してしまいたかった。
しかし、そんな空気も読まずにバルドさんが、私とアスナの首根っこを掴んだ。
バルド「あぁ~? 喧嘩でもしてんのか? お前ら」
一応、空気は読めているけど、ほっておいてくれるという選択肢はなかったようだ。
アスナ「あ、アンタには関係ないことだよ! 早く離しとくれ」
ひかり「離してください」
バルドさんは面食らっていたが、離す気配は一向にない。
バルド「あ? 何で喧嘩なんかしてんだよ。俺が解決してやろーか?」
アスナ「アンタには関係ないことだよ。メンタルの話だっての! この無神経野郎!!」
バルド「無神経じゃねーだろ!? せっかく、人が気を利かせてやってんのに」
アスナ「それが、余計なおせっかいだっての!!」
バルド「んで、何が原因なんだよ? あ? 言ってみろ」
バルドさんが私の方に耳を傾けてくる。
アスナのした行為が許せないというか、そうさせてしまった自分に腹が立つというか、言葉に出来ない気持ちでいっぱいだ。どうやって、言葉にして言いか分からない。
だから、出てきた言葉はこれだった。
ひかり「アスナが……、人を殺したの」
バルド「ああ、昨日の事か。そんな事、当たり前の事だ。今のうちに慣れとけ。自分も殺る時があるかもしれねーからな。罪悪感なんてもんは早めに捨てとけ。殺らなきゃ自分が殺られるんだ。そんくらい、把握しとけ」
ひかり「だって、人だよ! い、生きてるんだよ」
バルド「あ? じゃあ、お前は肉食わねーのか? 肉だって元は生きて動いてるもんだぞ? 野菜だって成長すんだ、ある意味じゃ動いて生きてるもんだろーが。そんな事言い始めたら、てめえ、何匹殺してんだ? 人は殺しちゃいけなくて、他の生き物は殺してもいいってか?それって、おかしくねーのか? 戦争ってのは食い物と一緒だ。自分達が生きる為に殺すのさ」
バルド「これで、頭の軽いお嬢ちゃんでも理解できたか?」
ひかり「……なんとなく」
バルド「じゃあ、ほれ、仲直りしなっ」
バルドさんは私とアスナの手を握らせた。
そして……。
バルド「んじゃまー、仲裁料として二人からほっぺにチューくらいもらいてーな」
その瞬間、私とアスナは同時にバルドさんの頬を叩いていた。
両方の頬を抱えて涙眼になっているバルドさんを見て、私とアスナは笑った。
仲直りっていうか、重たくてやり場のない空気は無くなった。
これからは、アスナとはいつも通り接していけそうだ。
私とアスナは涙が出るほど馬鹿笑いして、一緒に洗面所へと向かった。
そんな様子をバルドさんは優しい目で見ていた。
//暗転
//場面転換
仕事があるらしくアスナは、顔を洗ってすぐに食堂とは別方向へと走っていった。
私は朝食を食べる為、食堂へと向かった。
本当は前みたいに朝食を一緒に食べたかったけど、船長とは意外と忙しいらしい。
船長が暇な船っていうのも、ちょっと考えものだけど……。
//暗転
//背景:食堂
食堂へ足を踏みいれると、フェルナさんが新聞らしきものを片手に食事をしていた。
長い髪をテーブルに垂れ流し、もう片方の手には紅茶を持っている。
紅茶という優雅な物と、オヤジくさい新聞とのミスマッチはちょっと笑える。
笑い出しそうにしていると、フェルナさんがこちらを向いた。
やばい。
直感的に危機を察した私はそそっと、ご飯を出してくれる料理人さんに朝食をお願いした。
ひかり「朝ごはん一人分お願いします」
どうやら、こちらに気が付いたみたいだ。
フェルナさんは新聞をテーブルに置くと、こちらにニコリと笑みを向けている。
ええと……どうすればいいんだろ。
困っていると、フェルナさんから話かけてきた。
フェルナ「どうしたのですか? ひかり?」
ひかり「……ええと、何でもないです」
フェルナ「良かったら、朝食をご一緒しませんか?」
ひかり「え、遠慮します」
フェルナ「そんな事、言わないでください。今、食堂に誰も居なくて寂しかったところなんです」
しまった……。よりにもよって、フェルナさんと食堂に二人っきりなんて!
ひかり「……さ、寂しいですね。あ、やっぱり私、そんなにお腹減ってないかも!」
フェルナ「だめですよ。ちゃんと、ご飯を食べなければ」
フェルナさんは私の方へと早歩きでやってくると、詰め寄ってきた。
背後を壁に取られ、私はどうすることも出来ない。
私を青に近い瞳で見つめ、長い髪をさらりと私の顔にたらしてくる。
もう、お風呂に入ったのか、いいにおいがしている。
そんな事を考えている間に、フェルナさんは私の耳に唇を近づけていた。
フェルナ「朝食、一緒にとりますよね?」
フェルナ「……そんなに食べたくないのでしたら、私が食べさせてあげましょうか?」
囁くように言われ、私は耳までかーっと熱くなった。
ひかり「いいいいい、いえ、けけけけ、けっこうです!!」
フェルナ「では、一緒に食べましょう」
フェルナさんは再び、ニコリと微笑むと私の分の朝食を自分の隣の席に置いた。
ど、どうしよう……。こんな人と一緒に朝食だなんて……。
私は半分何かを諦め、フェルナさんの隣の席に座った。
ふと、フェルナさんが読んでいた新聞が眼に入る。
私には読めない言語で書かれていて、内容は分からないけど、写真が載っていた。
そこには、壊れた家屋や焼かれた家が載っていた。
フェルナさんは私の視線に気が付いたのか、慌てて新聞をかたすと、席に座るように促した。
ひかり「じゃあ、一緒に……、いただきます」
さっきのバルドさんの話を聞いた後では、なんだか食欲もわかない。
なんだか、悪いことしているみたいで……。
フェルナ「どうかしましたか? ひかり、顔色が悪いですよ? 大丈夫ですか?」
ひかり「なんか、食べることが悪いことみたいな気がして」
フェルナ「……何かあったのですか?」
ひかり「ううん……。このご飯って、元々は生きてて、それを食べてるんだなーって思ったらなんか、食欲なくなってしまって」
フェルナ「その食べ物だって、何かを食べて生きている……、生きているものは皆、何かを食べているものですよ。だから、そんなこと気にする必要はありませんよ」
ひかり「そうですね」
その言葉に私は少しの安心感を持って、パンをほおばり、スープに手をかけた。
フェルナ「ひかりが元気になってくれて私も嬉しいです。そうでないと、迫りがいがありませんからね」
ひかり「ごふっ!?」
私は飲みかけたスープを吹き出しそうになった。
フェルナ「大丈夫ですか? ひかり」
ひかり「げほっ、げほっ……、フェルナさんが変なこと言うからむせちゃいました」
フェルナ「それは大変ですね。私が介抱しましょう」
フェルナさんは私の背中をとんとんとんと叩くと、肩を抱き寄せた。
フェルナ「どうですか? 大丈夫ですか?」
私の心臓の方が持ちません。
こんなに近くに異性がいることもなかったし、ましてやこんな美人に肩を抱き寄せられる事なんか人生でも一度もない。
むせることよりもそっちの方が驚きで、あっという間にせきが止まった。
フェルナ「今は、食堂に誰も居ませんからね。何をしていてもバレませんよ」
ひかり「え? え?」
フェルナさんは悪戯っぽい瞳を向けて私に言った。
この上、まだ何かする気なのだろうか?
これ以上は私の心臓が持たない。というか、何をする気なの!?
フェルナさんの唇が徐々に近づいてくる……。
そして、ほっぺたをぺろりと舐められた……。
ひかり「……な、なんで舐めるんですか!?」
まるで悪戯が成功したような瞳でフェルナさんは私を見ていた。
フェルナ「ジャム、ついてましたよ」
私は舐められた頬を押えて、わなわなと震えた。
ひかり「も、もう、こんなことしないでください!!」
フェルナ「ふふっ……、本当にひかりは可愛いですね」
面と向かって可愛いなんて言われると、さっきの怒りもどっかにいってしまう程恥ずかしい。
それにしても、この人、恥ずかしげもなく可愛いなんてよく言えるなぁ……。
フェルナ「今度は唇についた方のジャムを舐めましょうか?」
フェルナさんはニコニコと笑いながらこちらを見ている。
瞳には悪戯っぽい色をたたえている。
私はまた、からかわれる前に猛スピードで朝食を食べきると、食堂を後にした。
//暗転
//甲板
どうせ、やることも無いので、外に出てみることにした。
船はもう雲から出ていて、清清しい太陽と青い空が広がっている。
アレックスが元気そうにデッキブラシで甲板を磨いていた。
邪険にされることは分かっていたけれど、声をかけてみることにした。
ひかり「……私も、何かお手伝いしよっか?」
アレックス「べつに。ごくつぶしの神様に手伝ってもらう程のことじゃないから」
ひかり「……ごくつぶし」
確かに、今の私はごくつぶしのなに者でもない……。
みんながこうやって、船内を掃除したり、補修することに加われない。
ひかり「だからって、人が気にしてること面と向かって言わないでよ!」
アレックス「あ、そういう神経は持ってたんだ。てっきり、神様なんだから当然何だって思ってるのかと思ってた」
アレックス「そんなに人の役に立ちたいなら、お部屋で祈りでも捧げて《大いなる翼》でも呼んでみたらいいんじゃない?」
ひかり「そんなの呼べないからせめて、何かお手伝いできないかなって言ったんじゃない」
アレックス「……お前なんかに頼める仕事なんかないよ。せめて、邪魔にならないように部屋に戻っていることだね」
そう言うと、アレックスは重たげな樽を抱えて甲板の隅へと移動させている。
小さなアレックスにはとても重そうに見えたので、私も押すのを手伝うように手を差し伸べた。
しかし、それが災いしたのか、樽はごろごろと転がっていき、甲板の隅へとすっ飛んでいった。
しかも、スタート地点の場所へと……。
アレックス「あのさ、邪魔したいわけ?」
ひかり「そうじゃなくて、手伝いたくて……」
アレックス「手伝えることなんか無いから部屋に戻って祈ってたらって言ったばっかりだし」
ひかり「ご、ごめん」
アレックス「はぁ~、またあそこからスタートか……」
ひかり「わ、私も手伝うから」
アレックス「手伝わなくていい。手伝うと厄介なことになるから」
仕方なしに私はアレックスの仕事を見ているしかなかった。
アレックスは樽を反対側へと運んでいく。
私は結局、暇なのでそれを見ていることにした。
とたん、大きな横風が吹き、船が大きく揺れた。
その瞬間、補修用においてあった木材がアレックスの方に倒れこんでくるのが分かった。
危ない! とっさに私はアレックスを庇って、木材の下敷きになった。
//暗転
//SE:どんがらがしゃーん
//背景:甲板
ひかり「アレックス……、大丈夫?」
アレックス「な……、馬鹿じゃないのかよ! 庇ったりして!」
ひかり「だって、アレックスが危なそうだったんだもん」
アレックス「だからって……、お前、痛いだろうが」
ひかり「平気……。なんか、木材の方から避けていったみたいに、当たらなかった」
騒ぎを聞きつけて、ロイスとアスナがやってきた。
その惨状を見て、二人とも血相を変えて、木材をどかせて私達の方へとやってくる。
ロイス「ひかり、アレックス無事か?」
アレックス「大丈夫です。でも、ひかりを危険な目にあわせました。すみません」
ロイス「そんなことどうでもいい。二人が無事ならいい」
アスナ「ったく、あんだけちゃんと補修用の木材は縛り付けて置けって言ったのに!」
アスナ「ま、二人が無事なら、とりあえずはいいよ」
アスナ「……でも、これって、変よね?」
私も立ち上がると、確かに木材の散らばり方が不思議だ。
何かが私達を守ったように、二人のいた辺りは円を描くように木材が落ちていない。
アスナ「誰か、魔法でも使った?」
私は魔法なんか使ったこともないし、アレックスも魔法力は持って居ないらしい。
他の船員も魔法を使ったものはいないらしかった。
ロイス「……まさかとは、思うが……、白き神の力か?」
ひかり「私、何もしてないよ」
ロイス「無意識に《大いなる翼》の力を解放したのか?」
ロイスはつめより、私に問いただす。
ひかり「わ、分からないよ」
ロイスと私の間にアスナが入り、ロイスの勢いを止めた。
アスナ「分からないって言ってるんだから、今は問い詰めない」
ロイス「すまない」
昨日のことを思い出したのか、ロイスは困った顔で私に謝った。
確かに、無意識に何かの力を解放したのかもしれない。
ならば、私がピンチになれば、なるほどに力は解放され、最後には《大いなる翼》が出てくるのではないんじゃ……?
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