第4話「突然の襲撃」


//暗転

//場面転換


船の中の自室に戻っていると、外が突然、騒がしくなった。

何なのか、分からなくて、窓の外から様子を伺った。

黒い羽を持った人がこちらへと飛んでくるのが見えた。

その人を見て、空気が一気に殺気立ったものに変わる。

何があるのか知りたくて、私は部屋を抜け出し、甲板へと顔を覗かせた。

黒い羽の持ち主は甲板に降り立つと、アスナさんと話はじめた。

悪いとは思いつつも耳をすませて、盗み聞きしてしまう。


黒い羽の人「ここに白き神がいると聞いてやってきた」

アスナ「はぁ? そんなものいませんよ」

黒い羽の人「隠し立てするとためにならないぞ? もう分かっていることだ」

アスナ「一体、何のことでしょうか?」

黒い羽の人「無意味な話あいはいらない。白き神がいることは知っているのだ。早く渡せ。渡せば船もアルニカ島も無事に済むだろう。あくまでシラを切り通すつもりなら、こちらにも考えがある」

アスナ「実力行使もじさないってこと?」

黒い羽の人「そういうことだ」

アスナ「生憎とそんな人物は乗ってないんでね。渡せって言われても困るね」

黒い羽の人「そうだったな、この船には雑種しか乗っていなかったな。雑種では知能も低かろう」


刹那、アスナさんの短剣が光を放って、黒い羽の人の首に向けられる。


アスナ「次、雑種なんて呼び方したら、殺すよ」

黒い羽の人「雑種を雑種と呼んで何が悪い? 貴様達は所詮、雑種の集まり。何処の国へも属すことが出来ないだろう?」

アスナ「殺すって言ったよね?」


アスナの短剣がぐっと押し込まれる。しかし、首の皮一枚を切るだけに留まった。

私は正直ほっとした。人が死ぬところなんて、ましてや知っている人が人を殺すところなんて見たくなかったからだ。


黒い羽の人「どうした? 殺してみるがいい。すでに軍はアルニカ島の左右に展開している」

アスナ「あ、そう。情報ありがとう。あんたからはもう聞きだす情報なんかないわ」


そう言うと、アスナは短剣を首から離して、そして、黒い翼にざっくりと刺した。


黒い羽の人「ぎゃああああ!!」


背後の壁に縫い付けるように短剣を根元まで突き刺した。

そして、もう一本短剣を取り出すと、それをもう片方の黒い翼に突き立てる。


黒い羽の人「うわああああ!!」


黒い羽の人はまるで標本のように壁に縫い付けられた。


アスナ「私達を雑種呼ばわりして蔑んだアンタには報いを受けてもらうよ」


冷酷なアスナの言葉が突き刺さる。

何をされるのか分かったのか、黒い羽の人は恐怖に身をこわばらせた。


黒い羽の人「わ、悪かった……、だから、それだけは……、やめてくれ!」


何をされるのだろう?

あの人は何が怖いんだろう?

あんなに高圧的だったのに……。


バルド「……おい、お嬢ちゃん、盗み見は良くないな」

ひかり「わ! バルドさん! ……突然、後ろから声かけないでくださいよ、びっくりするでしょう!」

バルド「これから始まる事はお嬢ちゃんには刺激が強すぎるぜ。だから、こっちに来い。何がされるのかだけは教えてやるから」

ひかり「分かりました」


私は渋々、バルドさんの言葉に従った。

本当は何が行われるのか見ていたけど、バルドさんの瞳が少し翳っていたからだ。

甲板への扉を閉めると、バルドさんは苦々しく、口を開いた。


バルド「あいつはこれから、羽を切り落とすのさ」

ひかり「羽を……???」


羽を切り落とされることに何か意味でもあるのだろうか?

確かに痛そうだけれど……。ただ単に拷問って事だろうか?


バルド「羽は俺達、空の民の誇りであり象徴だ。その羽を切り落とされると一生同じ空の民に蔑まれ続けることになる」

バルド「それに、めちゃくちゃ痛い。多分、俺だってマジで泣いてやめてくてれって言っちまうだろうな……」


バルドさんが泣くなんてことが想像できない。

そして、羽を失うことが空の民にとってそんなに重要な事だとは思ってなかった。


???「うあああああああああ!!!」


多分、さっきの人の叫び声だ。

その声は悲痛で、恐ろしい。


バルド「聞くな。行くぞ、お嬢ちゃんにゃ耳に毒だろーよ」


バルドさんは私の耳を両手でふさぐと、甲板から一番遠い廊下の端へと私を案内した。

ようやく、バルドさんは私の耳から両手をどける。

それでも、やっぱり、悲鳴は微かに聞こえてくる。

そうとうな叫び声を上げているんだろう。

そんなに痛いんだ。それを、アスナがしているんだろうか……。

考えを吹き飛ばしたくて、私はバルドさんに質問をすることにした。


ひかり「あ、そうだ、さっき黒い羽の人が言ってた、雑種ってどういう意味?」

バルド「ああ、あれか……。あれは国が違う者が結婚して出来た子供のことをいう」

ひかり「国際結婚ってこと?」

バルド「……コクサイケッコン? ま、ひかりのいた世界じゃそう言われてたのか知らないけど、多分、それであってんだろーな」

バルド「ま、それで、国が違う者同士が結婚すると混血の子供が出来る。その混血者を蔑んで雑種と呼ぶんだ。ハーフの者もいればクォーターの者もいる。下手すりゃ四ヶ国以上の血を持ってる奴だって、この船の中にゃいる」

バルド「だから、ここは何処の国にいても黙認されてるってことだ。誰がどんな血を持ってるか分からないし、人知れずここに子供を預けにくる者だっているからな」

ひかり「へー。凄いな……、と、言うか私の世界ではハーフとかクォーターって珍しいから結構、人気になるんだけどな」

バルド「は~、そりゃスゲエ世界だな」

バルド「こっちじゃ、他国との結婚は基本的に認められてないからな。どうしてかっていうとだな、奇形児が生まれやすいし、特異な能力なんかを持って生まれるものもいるからな」

ひかり「奇形児? 特異な能力?」

バルド「時々、クルーの中に異常に音に敏感な奴とか、耳が片方ない奴とかがいるだろ。そう言うやつのことだ。オババなんかは昔から異常に古代魔法や古代文明の知識があった。誰も教えてないのにな。一体、どうしてそんな能力があるのか、そんな知識を得ているのかは分からなかった」

ひかり「……そうだったんだ」

バルド「アスナは武器操作、魔法力の異常な高さが特殊な能力だろーな」

ひかり「武器操作?」

バルド「そうだ。どんな武器でも握るだけで、一瞬で効果的な使い方が分かるらしい。本人にもどうしてだか分からないが、そうらしい」

バルド「俺も見たことがあるが、あれは本当に驚いた。うちで作った新兵器を持たせたら、見事使いこなした。もちろん、誰も使い方なんて覚えさせてない」

ひかり「そんな特異体質があるんですね。便利で良さそう……」

バルド「ま、本人達は嫌がってるけどな。そんな能力がある事が怖いらしい。いつか、自分がその能力に取り込まれてしまうんじゃないかって」

ひかり「……一概にはいいって言えないんですね」

バルド「お嬢ちゃんが気にすることでもねーよ。これからもアスナにゃ、ふつーに接してやれよ」

ひかり「あ、はい……、でも、このままじゃ、船もアルニカ島も、どうするんですか?」

バルド「簡単な事だ。逃げるのさ」

バルド「さっきの奴の情報じゃ、これからこの船は襲撃を受けるはずだ。お嬢ちゃんは自分の部屋でおとなしくしてな」

ひかり「どうやって逃げるんですか? さっきの人、軍が来てるって」

バルド「さっき偵察兵が言ってただろ、左右に軍は展開中だって。ってことは前と後ろはがら空き。軍ってのは人が集まっているから、あっと言う間に囲まれそうだが、実は起動性が悪い。さっきの兵士を待っている部隊があるんだろうけど、兵士が帰って来なきゃ部隊を動かせねーからな。その間にずらかる」

ひかり「で、でも、アルニカ島の人たちは?」

バルド「大丈夫だ。この船に注意をひきつけつつ撤退するからな。軍も一緒についてくる」

バルド「だから、全速力で逃げ切るはずだ。ちゃんと部屋に戻ってねーと大変なことになるぜ」

バルド「じゃあ、ちゃんと戻れよ」


私は仕方なしに自分の部屋へと戻った。

その途端、船に衝撃が走った。まさか、攻撃されてるんじゃ!?

慌てて外を覗くと物凄い風が顔に吹きつけてきた。

これがアリア号の全速力!? かなり大きな船なのに、嘘のように早い。

ジェット機なんか乗ったことないけど、多分それと同じくらいの速度が出ているんじゃないかって思う。

まるで、雲の上を滑走するレーシングマシンみたいだ。

アリア号の動きを察知したのか、黒い豆粒が追いかけてくる。

しかし、アリア号は更に加速し、大きな雲の中へと逃げ込んだ。

雲の中は真っ白で、向こう側は見えない。

そして、ゆっくりとアリア号は加速をやめて、いつもの緩やかな速度に戻った。

部屋の外からは「どうだ? まいたか?」とか「馬鹿な奴だ。行ったな」とか聞こえてきた。

多分、さっきの黒い豆粒は敵でペルティナ族なんだろう。

そのペルティナ族をまいたらしい。


アスナ「ひかり、大丈夫かい?」


ドアの前に転げた椅子をものともせずにアスナが入ってきた。


ひかり「う、うん」

アスナ「突然、急発進したからびっくりしたでしょ?」

ひかり「バルドさんに教えてもらったから、大丈夫だったよ」

アスナ「そっか」


ところで、さっきの人、どうなったんだろ……。

怖くて聞けないけど、どうしても聞きたい。

でも、もし、殺したなんて聞かされたら……、多分、聞いたことを後悔する。

どうしよう……。聞いてみたいけど、聞けない。

でも、このままじゃ、私、アスナのことずっと疑ってしまう。

あの人、殺したんじゃないかって。でも、殺してないなら、あの人、どこに行っちゃったんだろう?


ひかり「あ……あのさ、アスナ、さっきの人……、どうしたの?」

アスナ「あちゃ~、見られてた? どこまで見てた?」

ひかり「羽、刺すところまで」

アスナ「……じゃあ、正直に言うね。羽、切り落として、殺した」


衝撃的な言葉に私は息すら失った。

アスナが人を殺した。

尊厳を奪って、命を奪った。


アスナ「これは、戦争なんだ。分かって欲しいとは思わない。だから、誤魔化しもしないし、嘘も言わない。私は人を殺した。自分とこの船を守るために」

ひかり「……アスナ、これが、せんそう、なの?」

アスナ「そうだよ。ひかりの居た世界じゃ、戦争があったのかどうか知らないけど、この世界の戦争はこうなんだ。今日は一人だけの犠牲で済んだ。でも、きっといつか避けられない大きな戦闘になったら、嫌って言うほど人が死ぬ。だから、私は人がなるべく死なない選択をした。多分、仲間であっても一人の命と大勢の命を天秤にかけられたら、私は迷わず一人を見殺しにして大勢を助ける」

ひかり「アスナ、それであってるの?」

アスナ「分からない、分からないよ。もう、人を殺し過ぎちゃったのかね。自分の選択が正しいのか、間違ってるのかすらも分からない。それでも、自分とこの船だけは守らなくちゃいけないのは分かってる。それだけだよ」

ひかり「……ごめん、今、一人にして」

アスナ「ホント、ごめん。私、こんなんで……、軽蔑して、いいから」


そう言うと、アスナは落ち込んだ様子で部屋を出て行った。

その瞬間、私の瞳からは涙が落ちていた。

戦争してるんだから、当たり前のことだった。

アスナは私を、船を守るために、殺したのだ。

軽蔑されるのは私の方だ。私なんかがこの世界に来たせいで、争いが広がった。

私が来ることで、《大いなる翼》が蘇ると言う話になって、そのせいで船は襲われた。

私のせいで、もっと沢山の人の命が奪われる事になる。

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