第8話「それぞれの愛」
カオス・ジムを倒したが、彼は『カオステラー』では無かった。
唇に手を当ててレイナは考えていた。
一応、人魚姫やアラジンにも『カオステラー』の気配がないかどうか探ったがない。
となると、最後の人物であり、途中から姿を消したシルバーが怪しい。
「シルバーはどこにいったのかな・・・」
そんな僕の問いに答えたのは意外にも人魚姫だった。
「シルバー様でしたら、多分、あの浜辺の女性のところかと・・・」
「なんで知ってるの!?」
「重症を負ったシルバー様を助けたのは、あの方ですから」
シルバーはシルバーで、この世界で『愛』を見つけていたのだった。
その事実に僕たちは驚きを隠せずにいられなかった。
夢に取り憑かれた男が、助けられただけで、本当に人を『愛』したのか。
とにかく真相を確かめるべく、僕たちは、その浜辺の家に行くことにしたのだった。
タオが意地の悪い笑みを浮かべて声を立てずに笑った。
「しっかし、あのシルバーが『愛』に目覚めるとは・・・」
「静かに!気づかれちゃうでしょ」
そう言ったレイナに大きな影が近づき、一言口にした。
「なにしてんだ?お前ら」
それは、まさしく居なくなったシルバーだった。
僕たちはバツが悪くなって、とりあえず考えてきた言い訳を口にする。
「シルバーがここにいるかもって聞いて・・・」
シルバーはため息をついた。
「なんだ、そんなことか。別に『ランプ』の情報は売ったりしてねーから安心しろ」
「あー、それと、ここにシルバーを助けてくれたっていう人がいるって聞いて」
「関係ない、帰れ!」
ちょうどその時だった。透き通るような声が響いてきた。
「あら?お客様?シルバーさんのお友達かしら?」
彼女は紙袋いっぱいに食料を持って、笑っていた。
今度はシルバーがバツの悪そうな顔で、彼女に言う。
「そんなんじゃない。知り合いだ」
つんけんしたシルバーの態度などそよ風のように受け流して、彼女は言う。
「せっかくだし、お茶でも召し上がっていって。シルバーさんって悪そうな顔と性格でしょ?お友達がいないんじゃないかって心配だったの」
僕たちは思った。
シルバーが尻に敷かれている!?
こうして、珍妙なお茶会が開かれた。彼女の手作りスコーンと美味しいりんごジャム。ブランデー入りの紅茶も格別に美味しかった。
それはともかく、シルバーと彼女はそれはもう、人魚姫とアラジンくらいラブラブっぷりだったのだ。
彼女は口を開けばシルバーのことを話した。
シルバーは僕たちを睨みながら、「余計なことを話したら殺す」と殺気を放っていた。
そんな様子も彼女にとっては微笑ましいようで「この人ってすーぐ睨みつけるのよ」と笑った。
しばらくのお茶会の後、僕たちは夕暮れも近いこともあり、お暇することにした。
浜辺の家から遠ざかったところで、僕は気になっていたことをレイナに聞いた。
「やっぱり、シルバーが今回の『カオステラー』?」
しかし、レイナの顔は曇ったまま、首を横に振る。
では、一体誰がカオステラーなのか・・・。
レイナが提案する。
「事件をもう一度、整理してみましょう。まず、アラジンは商人ではなく王様になるはず。それが、何を間違ったのかランプの力を使わず商人になって海賊に海に投げ捨てられて、人魚姫に助けられる。そして、その海賊がカオス・ジム。しかし、カオス・ジムはシルバーも裏切っている。そんな全員に共通するのは・・・」
僕は閃いた。
「海!?」
レイナがコクコクと頷く。
「そう。海なの。この『想区』にあってはならない海。『カオステラー』は海に関係しながら、一切登場しなかった・・・『シンドバット』!そして、アラジンに関係する人物がもうひとりいるわ・・・。カオス・アラジン、きっと彼が『カオステラー』になっているのよ」
タオが異論を唱える。
「んな事言っても、アラジンのやつは普通だったし、どうやって探すつもりだよ」
ふう・・・と、ため息をついて、レイナは提案した。
「とにかく、宿屋に戻りましょう」
宿屋に戻り、僕たち6人は作戦会議をすることにした。
まず、海。これじたいが『カオステラー』である可能性。
しかし、海には特に意思はない。
だから、カオス・アラジンしか答えはないのだ。
でも、カオス・アラジンの行方なんてわかるはずもない。
ん?僕らは意外な盲点に気がついた。
そう、僕らには『魔法のランプ』があるのだ。
例えどんなところに居ようと彼を『ランプ』の力で引きずり出すことができる!
「そうだよ!『ランプ』だ!この『ランプ』で『カオステラー』の居場所を探ればいいんじゃないか!」
僕は興奮気味にそう言った。
レイナはまさしく名案と言わんばかりに賛同する。
「そうね!そのとおりよ!私ったらなんで、こんな便利アイテムを持っていながら気がつかなかったのかしら!」
さっそくレイナはハンカチでランプをこすった。
ランプからは魔神が現れ、またしても頭を垂れる。
「ランプの魔人、『カオステラー』の居場所はわかる?」
ランプの魔人は一つの船を指さした。
僕たちは慌てて宿を飛び出し、その船へと慎重に近づく。
それは一般船を装っていたが、明らかな刀傷から海賊船であることは簡単に予想できた。
そう。この港で一番有名な『ホーキンズ海賊団』その海賊船に間違いなかった。
こっそりと忍び込み、僕たちはある扉の前で立ち止まる。
中から話し声が聞こえたからだ。
怒りを顕にしたジムの声だ。
「アンタの言うとおりにしたのに、上手くいかねーじゃねーか!!」
「それはお主がしくじったからだ。余のせいではない」
「とにかく、シルバーの野郎とアラジンの野郎をどうするんだよ!」
こそこそとレイナが離脱の合図をおくる。しかし、見張りのヴィランに見つかってしまったようだった。
【戦闘:ヴィラン】
そうこうしているうちにカオス・ジム、カオス・アラジンまで出てきてしまった。
これじゃせっかくの作戦が台無しだ・・・。
アラジンはふとカオス・アラジンの顔をみて訝しげに眉根を潜めた。
「あんた・・・、俺に似ている?」
カオス・アラジンはフッと笑うと口を開いた。
「お前は私になる。そういう目をしておる」
カオス・アラジンはそう言って、オリジナルのアラジンを見下した。
「いいや、俺はお前みたいなやつにならないっす!ひめちゃんと慎ましやかに暮らすっす!」
哀れみの瞳を向けながら、カオス・アラジンは笑った。
「どこまでもおめでたいやつだな。そのひめちゃんを探し疲れたのが余だというのに・・・」
「どこまで行っても、世界中探しても、ひめちゃんは見つかりはしない」
しかし、アラジンはそんな言葉に負けなかった。
「世界中探して見つからないなら、俺は世界より広いところをさがすっす!」
「さがすことを諦めた時点で、俺とあんたは違うっす!」
【戦闘:カオス・ジム、カオス・アラジン】
「やった!倒したぞ、お嬢、やっぱり真犯人はコイツで間違いないか?」
タオは息も切れ切れにレイナに向かって言った。
確かにカオス・アラジンから『カオステラー』の力を感じる。でも・・・。
レイナは迷っていた。
調律すれば、いままでの出来事は消える。
人魚姫を愛したアラジンも、アラジンのために助けを求めた人魚姫も元の『想区』へと戻り、自らの役割を演じなければならない。
シルバーと楽しくお茶を嗜む女性も、そんな女性とのシルバーの思い出も・・・。
「調律・・・、していいのかな・・・」
幸せそうな二人を見て、レイナが初めて不安を口にした。
人魚姫もアラジンも嬉しそうだ。こんな物語のハッピーエンドがあるだろうか。
本来なら泡沫に消える人魚姫を、魔法のランプで本物の人間にし、幸せそうに笑わせるアラジン。アラジンには見も知らないお妃との結婚が待っている。
けれど、いまの二人は元々の物語より幸せそうに見えた。
僕も悩んだ。今のほうが幸せなんじゃないかなって。
でも、この幸せという歪みはやがて大きくなり、この『想区』を破壊してしまう。
それは、どちらにとっても、いい結果をもたらさないと、僕は思う。
「調律したら・・・、こんな思い出も消えちゃうのかな?」
レイナが問いかける。多分、消える。覚えていてはいけない記憶だから。
そんなレイナの言葉に突然、噛み付いた人物がいた。
「そんなことないっす!」
「そんなことないです」
ふと気が付くと、アラジンと人魚姫が僕たちの近くにいた。
調律の事を二人は知っているのだろうか?
人魚姫は申し訳なさそうに言った。
「調律の巫女様。私、知っておりました。この世界も調律されれば、私とアラジン様は永遠に出会う事はできないこと・・・」
力強い瞳で人魚姫は続けた。
「それでも、私、アラジン様を助けたかった。アラジン様が私を人間にしてくれるなんて思いもよらなかったけど・・・」
「私、アラジン様がどんなお方でも好きになっていましたわ。そして、これからも、ずっとずっとお慕いしております。記憶が消えて、私という存在が泡沫に消えても、アラジン様のお側にいられるなら・・・」
アラジンは大人びた表情をして、人魚姫に続く。
「俺も同じっす!例え、この物語が間違いだったとしても、俺の気持ちは間違いなんかじゃないって証明してみせるっす。『運命の書』に逆らうことになったとしても、どんな綺麗なお姉さんが側にいても、俺はひめちゃんに首ったけっす。それは、絶対に間違いなんかじゃないっす」
そう言ったアラジンの顔は今まで見たこともないような真剣な眼差しだった。
レイナは悲痛な面持ちで、あの不思議な本をとりだす。
最後まで、念を押すように言う。
「本当にいいの?二人の世界は繋がっていない。二度と会うことができなくて、その想いすら消えてしまっても?」
人魚姫もアラジンも笑って答えた。
「私たちの」
「俺らの」
「「想いは消えしない。この海が続くかぎり同じ場所にいる!!」」
レイナは不思議な本を開き、手をかざす。
僕には泣いているように見えた。
「混沌の渦に呑まれし語り部よ・・・」
「我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし・・・」
永遠に離れ離れになるはずの二人は、僕には笑っているように見えた。
それはそれはとても嬉しそうに。
そんな二人も光の中に包まれていく。
これは祝福のひかりなんかじゃないのに。
それでも、二人は笑っていた。
この先、出会えることを信じている「さよなら」の笑顔だった。
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