第11話 得る為に何を捨てようか

貴方は持っている


私が持っていないものを


それを得る為に


私は何を手離せば良いのでしょうか

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どれ程時間が経ったのだろうか

何度唇が触れたのだろうか


ここがどこかなんて

周りがどうかなんて

もうそんなのどうでもいい

今はこのままでいい


麻衣だけでいい




麻衣がゆっくりと体を離したことで

できた少しの隙間


あぁ、行かないで

もう少しだけこのままで…



「はる」

「…」

「はる、こっち見て」


離れたことで寒さを感じる

本当に少しの寒さを。

この寒さがまた寂しさに変わる


寂しさに俯いていたうちを

優しい声で麻衣が呼ぶ


「はる」


優しい


そう思っていると

ふと頬に手を添えられる


あたたかい


「私のこと見たくない?」


ハッとした


「違う!」


泣かないで麻衣


「ごめん、ごめんねはる」

「…違うから」

「あんなことして、ごめん…」

「違う、麻衣のこと見たくないなんて思ってない

 ただ……」

「ただ?」


離れていくのが寂しかった

なんて言えなかった


こんな事言ったって麻衣を困らせるだけだ


「最低な事したって思った」

「…」

「彼氏いる人相手に最低だよね

 …本当にごめん」

「違うよ! だって私から」

「うちがいけなかった

 麻衣は悪くないよ」

「はる」

「忘れよう」

「えっ」

「無かったことにしよう?」

「…なんで」

「麻衣の幸せを邪魔したくない…から」

「…」

「こんな事しておいて最低だと

 思われるかもしれないけど、

 もう麻衣を傷付けたくないから」

「…」




「もう会うのやめよう」







トイレ込み過ぎ

はるとあの人が2人っきりってなんか

嫌だから早く戻りたいのに…


「由依」

「はる? どうしたの?」

「お腹空いたからご飯食べに行こう?

 はい、これ由依の荷物」

「えっ、うん」


そう言ってはるは出口に向かって歩き出す


どこか雰囲気の違うはるの焦りを感じる

ねぇ、はる

何があったの?


「はる、あの人は?」

「ん?」

「…同級生」

「う~ん、帰るって」



嘘つき


あの人がまだテーブルに居たの見えた

俯いててたぶんあれ泣いてるよ


はるが嘘つくなんて初めて見た

真っ直ぐで素直で優しいはるが…



なにがあったの?


聞けない、私には聞けない

自分が情けない



「由依なに食べたい?」

「えっ?」

「由依の食べたいもの食べよう?」

「…はるが食べたいもの」

「えっ」

「はるが食べたいものが食べたい」


「…」

「ごめん、今の気持ち悪かったよね」

「オムライス」

「えっ」

「オムライス食べたい。 いい?」

「うん!」

「じゃ、行こっか」


あっ、いつもの笑顔だ


「こんな所にカフェあったんだ」

「うん、ここお気に入りのお店」

「へぇ~知らなかった」

「いつも1人で来るからね

 皆には教えてないんだ」

「えっ、いいの私行って」

「ここのオムライスが1番美味しいから

 オムライス食べるならここしかない!」

「そうなんだ」

「それに由依ならいいよ」

「えっ」

「由依の空気感好きだし落ち着く」

「…」

「ふふ、そうやって照れるのもね」

「…うるさい」




「いらっしゃい」

「こんにちは」

「あれ? 珍しい」

「同じバスケサークルの由依です」

「こんにちは」

「あら、いらっしゃい」


「はるはいつもの?」

「はい、今日はそれ2つで」

「了解、なにデート?」

「いやいや、図書館でレポートやってて

 お腹空いたから食べに来ただけですよ」

「なんだ~こんなに可愛い子と一緒だし

 はるが誰か連れてくるなんて初めてだから

 てっきり彼女かと!」

「彼女じゃありません」

「残念、じゃごゆっくり」

「はい」

「あ、はい」


カフェに入った途端みどりさんに

からかわれてしまい

由依は呆然としていた


「さっきの人はみどりさんで、

 あの人がこのお店の店長さん」

「そうなんだ、なんか凄いね」

「よくからかわれる」

「はるってからかわれるイメージ無いし

 なんかさっきの凄かった」

「あんなに弄ってくるのはみどりさんだけ」

「そうなんだ…」

「可愛いって褒められたね?」

「えっあ、うん」

「そう言えばさ、今日いつもより可愛い」

「ッ‼」

「普段は練習着姿ばっかりだから新鮮」

「…変じゃない?」

「会った時から可愛いなって思ってるよ?」

「本当に?」

「うん、元から由依可愛いし

 お洒落するともっと可愛い」

「…良かった」

「ん?」

「だって、

 はるとこうやって練習以外で会うこと

 ほとんど無いからなに着ようか迷って」

「似合ってる」

「髪型もどんなのがいいか分からないし」

「ゆるふわ好きだよ?」

「メイク濃い?」

「ううん、可愛いよ」


「ありがとう」

「えっ?」

「会うのに色々気にかけてくれたんでしょ?」

「…うん」

「そう思ってくれるの嬉しいよ?」

「うん……はぁ、良かった」

「ん?」

「だって悩み過ぎて全然寝れな…あっ」

「だから今日眠かったの?」

「…」

「由依?」

「…もう! そう!」


「…」

「えっ…… 引いた?」

「ううん、可愛すぎ」


嬉しそうに笑うはるを見て安心した

気持ち悪いとか

そんな風に思われてしまったら

きっと私は立ち直れない

私はもうはるの感情ひとつで

きっとどうにでもなってしまう


こんなに惚れるなんて思わなかったなぁ。




「っ! 美味しい」

「でしょ?」

「うん、凄い美味しい」

「良かった」

「オムライス以外にも美味しそうなの沢山あるね」

「確かに沢山あるね」

「他は何がおすすめなの?」

「分かんない」

「えっ?」

「オムライスしか食べた事ない」

「うそ」

「本当です」

「なんで?」

「オムライスが好きだから」

「えっ、ずっとオムライス頼んでるの?」

「うん」

「他食べたいとか思わないの?」

「オムライスが食べたいから」

「飽きないの?」

「好きなものはずっと好きだから飽きない」

「そう、なんだ」


“好きなものはずっと好きだから”


じゃ、

もし私を1度でも好きになってくれたら

ずっと好きでいてくれる?


なんて思っちゃう私は、

なかなかに気持ち悪いかもしれない




「美味しかった」

「ねぇ、はる」

「ん?」

「またこのお店来たい」

「良いよ、来よっか」

「うん!」


「この後どうする?」

「う~ん、選抜練習に備えて体休めようかな」

「そっか、じゃ途中まで一緒に帰ろう?」

「うん」


一緒に並びながら練習の事とか

メンバーの事とか

カフェの事とか

楽しく話してて

この感じが凄く心地良かった

はるもそう思ってくれてたら良いのにな





「おい!」



急に後ろから大きな声で叫ばれた

由依は肩をビクッとさせて驚く


「おい! 聞こえてんだろ! 五十嵐!」


振り向けばあの “彼氏”





「えっ、はる」

「大丈夫、ちょっとした知り合い」


「お久しぶりです、仲野さん」

「なにした?」

「えっ」

「あんた麻衣になにしたんだよ‼」


「どうして」


仲野さんって人にそう返したはるの目は、

どこか遠くを見ているようで

どこか悲しそうだった



「朝から連絡取れなくてずっと探してて

 もしかしたら前にあんたと会った

 図書館かもって思って来てみたら

 やっぱりここに居て、

 なんで麻衣が泣いてんだよ

 あんたなんか関係あるんだろ?

 麻衣に何した!?」


「なにも」


「ふざけんな!」


「麻衣はなんて言ってるんですか?」

「なにも…なにも話さない」

「じゃ、なんでうちなんですか?」

「それは……」

「それは?」


「麻衣が泣きながら携帯握りしめてて、

 あんたの番号表示させたままだったから」


「ッ…」


「麻衣に聞いても何も話してくれない

 それなのに泣きながら

 あんたの名前呼んでるんだよ」


「…」


「なぁ、なにか知ってるなら教えてくれよ」


「なにも。

 ただ、関係あるか分かりませんが、

 今日麻衣に図書館で会った時に

 もう会うのはやめようって言いました」


「えっ」


「それが関係あるのかは分からないし、

 麻衣から電話は着てませんよ。

 それじゃ、帰るんで」


「はる、良いの?」

「なにが?」

「あの人泣いてるんでしょ?

 心配じゃないの?」

「……」


「おい、待てよ」


彼の言葉を無視して歩きだそうとした時、


「待てって言ってんだろ!」

「まだなにか?」

「なにかじゃねーよ!」

「…」

「何も知らないくせに

 麻衣の気持ちも何も知らないくせに

 なんなんだよ‼

 なんでお前なんだよ!

 俺も麻衣もお前のせいで苦しいんだよ‼

 なんで俺じゃだめなんだよ‼

 なんで、なんでだよ‼」


「だから、だよ」



仲野さんは泣いてた

思いをはるに叫びながらぶつけて

泣いてた


そんな仲野さんにはるは小さく答えた。

仲野さんははるの言葉の意味が分からないって

顔してたけど、私には分かったよ


これ以上、仲野さんと麻衣さんを

苦しめたくないから

もう会わないって麻衣さんに言ったんでしょ?


でも、

麻衣さんはきっとそれを望んではいない。

きっとあの人もはるのことが…



「麻衣の所に行ってあげてください」


そう言うとはるはまた歩き出す。




「ごめんね」

「えっ?」

「急にあんな事、驚いたでしょ?」

「うん…でも大丈夫。はる?」

「ん?」


「どうして泣かないの?」


「えっ…」

「泣きそうな顔してるから」

「そうかな、大丈夫だよ?」

「はる」


涙が溢れないように必死だった

きっと泣いてしまえば仲野さんに

色々気付かれてしまう。


麻衣を好きなことも

キスをしてしまったことも

こっそり会っていることも


全部全部気付かれてはいけない秘密


それなのに


もう耐えられない


そう思った。


これ以上麻衣に会えば耐えられなくなる

別れて欲しいって

好きだって

言ってしまいそうになる


そんな事できない

麻衣が彼を選んで付き合って

想い合っているいじょう

あの2人の邪魔をする訳にはいけない


幸せを壊すような事はできない


だから、


もう会わない方がいい


そう思った。



「好きな人にはさ、

 ずっと幸せでいて欲しいって思わない?」


「えっ」

「だから、これでいいんだよ

 うちは泣いちゃだめなんだ

 泣く権利なんてないから…」




「…もう無理」


グイッ


「えっ?」


急に腕を由依に引かれたかと思えば、

正面からうちに抱き着いてきた。

身長差があるから

うちの鎖骨に顔を押し当てる様にして

両腕を背中に回して抱きしめられる。


「由依?」

「もう、無理」

「何が?」

「好き」

「えっ」

「好き、はるが好き」

「…」


ぎゅっと抱き着く力を強めた由依


「好き」

「…」

「…好き、なの」



相変わらず鎖骨に顔を押し当てられて

由依の表情は見えない

でも、声で泣いてるのは分かる


「泣かないでよ、由依」

「だって…」

「だって?」

「…」

「由依?」

「好きすぎて、苦しい…」




どうしてこの子はこんなにも

綺麗なんだろう

うちはもう由依みたいに綺麗じゃない

この子を汚す訳にはいかない


「由依」

「…」

「ごねんね」

「…だめ?」

「…」

「私じゃ…だめ?」


そう言って顔を上げた由依は、

とても綺麗でとても儚くて


消えてしまいそうだった



「…でも、」

「好きじゃなくて良い

 はるが私を好きじゃなくてもいいから」

「だめだよ」

「えっ」

「約束したから」

「…なにを?」

「もう好きじゃない人と付き合わないって。

 麻衣とそう約束したから」

「でも! あの人は」

「ごめんね、由依。

 好きになってくれてありがとう」


「…はる」



ぎゅっとうちに抱き着いたまま

声を出さずに由依は泣き続けた。

由依の背中に腕を回すことはしなかった

きっとその優しさでまた由依を傷付けてしまうから。



「送って行く」

「ううん、いい」

「…分かった、気を付けてね」

「うん」





今日1日で3人も傷付けた


ごめん

本当にごめん


どうか、幸せになってください。


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