第5話 冬に咲く花


療養の散歩道に選んだ、冬枯れの小路で、季節外れの花を見つけた。

当然「ずっとそこにいた」と物言いたげな顔をしてじっと立っている、木の枝先にいくつもの大輪の花。

ああ、済まなかったと、心で詫びて足を止めた。

せかせかとしていた時間が急にゆっくりした歩調で歩いてくれて、何だかほっとする。

濃いピンク色の花だった。幾枚もの大きめの花びらを重ねて、橙色の雌しべがついている。


都会の喧騒に疲れ、早足で過ぎ去る人々に置いていかれるように、人生の冬道に突入した自分自身を、優しく慰めてくれるように…

「そこの人……ああ、貴方ですよ。ちょっとこっちに来て、立ち止まって、私をじっと見つめてください。私もそうします」

そう言っているように聞こえた。


きっと、あの時でなければ、立ち止まることは無かった。冬の花……花は春に咲くものだという、私の中の決め付けをそっと笑って、呼び止めてくれたのだろう。私は浅学な自分を恥じる。


私の知らない世界は、足下に……こんなにも家の近くの、歩いてたった五分の距離にひっそりと佇んで、私を待ってくれていた。


傷付いた私はそっと傷をさらけ出して花を愛でた。

「ここに立って待っててくれたことに、ありがとうを言いたい。ありがとう」

花はまたお門違いな私を小さく笑って、

「私はここで生きているだけですよ。こうして……あと何年か、わかりませんがね。伐られるかも知れません。でもこうして、枯れるか、伐られるその日まで、懸命に生きてるんです」

そう、言った。


私は困って、考え、やがて小さく、頷いて、

「分かりました。なら、その日まで事ある毎にここに来ましょう。私が貴方を愛でるんです。そして、伐られても、枯れても、忘れません」


陽の光、青く透き通る空ーーー。

冬の厳しい風もなく、冬枯れの穏やかな日に、そこでした小さな誓いを胸にしまって、ゆっくりと、その場を立ち去った。

散歩のついでに買ったジュースと少しの食料の入ったビニール袋をもって。


人生の冬道にいる人にしか気づけないことは確かにある。挫折し、苦汁と辛酸を舐め、虚無すら感じる。その、今、この時だからこそ、小さなことに目がいくのだと思う。今まで見逃していたことの多さに気づく日々だ。良いものも、悪いものも。

そして、それらを拾いながら、人生を振り返って、進むべき方向を考えることが必要なんだと思う。

そうやって幼少の時分に通った、学校へとつづく道の、脇に咲く花を見て思いを巡らせるーーー。






そして、この話には続きがある。



家に帰り、花を調べた。花はサザンカだった。昔習った童謡の中で知っていた。

確かに知っていた名前だったが、知らなかった。


そして、さらに詳しく見てみると、チャドクガの幼虫が住み着いて、葉を食い荒らすという事だった。木の風下に立つと知らぬ間に人も、チャドクガの幼虫の毛にやられることがあるらしい。

私は、昔、毛虫にやられ酷く発疹した腕をさすって、静かに、そして、ゆっくりとそのページを閉じた。


それでも、またあの花を見に行くことにする。

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