22 昏倒
悪夢からの三日間。
わたしの記憶はほとんどない。
またしても時間が欠落したのか?
半ば確信を持ってそう思った。
そうとしか思えないくらい、すっぱりと記憶が抜けている。
だけど実際には、高熱を出して寝込んでいたらしい。
『らしい』としか言えないのは、わたしはその経緯のほとんどを、イルマから聞いて知ったからだ。
“混線”でひどい失敗をしておかしな悪夢を見た翌朝。
わたしは大学に向かおうと玄関口に立ったところで倒れたそうだ。
「パジャマに靴下だけ履いて、そのまま出掛けようとするんで、靴を忘れていますよ、と声を掛けたところで倒れたんです」
本人が予告した通り翌朝には復旧していたらしいイルマは、高熱で脳が膿んでいたわたしの奇行の一部始終を目撃していた。
「まるで横倒しになる冷凍マグロのように見事な転倒でした」とイルマは感心した様子で状況を説明した。
もう少しましな例えはないのかと、いろいろ突っ込みたくなる気持ちをぐっと押さえ、わたしはイルマの説明に耳を傾けた。
パジャマに靴下だけ履いた状態のわたしは、玄関で冷凍マグロのように倒れ、そのまま自然解凍待ちのキハダマグロのようにこんこんと眠り続けたのだそうだ。
たまに前後不覚に目覚めはしたけれど、高熱で思考が溶けていたらしく、わたしに知覚できたのは、激しい頭痛くらいだった。
わたしは目を覚ますたび、「廃人になるのか」とイルマに尋ねた。
きっとイルマからの警告がずっと引っかかっていたのだろう。
そのつどイルマは、「ただの風邪です」と答えた。
ベンチ下で寝て夜気にあたったのが良くなかったのだ、と。
言われてみれば確かにあの辺りから悪寒の気配はあった。ただの風邪というイルマの診断に、わたしはずいぶん救われた。そうして三日間の昏倒と五日間の静養の後、なんとか動けるまでに回復した。
その間の看病と家事のすべてを、イルマが切り盛りしたのは、わたしにとって魚が肺呼吸を覚えるよりもはるかに信じがたくあり得ない出来事だった。
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