21 対話



 [我々は知っている]


 イルマが言った。

 彼はイルマだったけれど、わたしが知るイルマではなかった。飄々として、よく出来た紙人形のようにペラペラなはずのイルマ。


 彼は物語の中で圧倒的な質量と奥行きをもって、そこにあった。


 その圧倒的な存在に、もう少しくらい驚愕したり、畏敬の念に打たれたり、ひれ伏したりするべきだったのかもしれない。


 だけどわたしが真っ先に思った感想は、やっぱり宇宙人の主語は「我々」なんだな、というどうでもいいような感慨だった。


 [貴方は、壊す、壊した]


 おかしな文法だ。わたしが読み方を間違えているのだろか。


 [我々は損なわれ、余儀なくされた]


 イルマは──怒っていた。たぶん。

 そして、タマサカさんを激しく非難しながらも、助力を申し出てもいた。

 感性の存在しないイルマに、そんなことがあり得るのだろうか。

 おそらく物語の中で理解できる範囲に意訳しているのだろう。


 [否]


 タマサカさんが応える。言葉ではなく、意思によって。

 彼は無言という要塞に籠城したまま、口を固く引き結んで、助力に応じようとしない。その意思は鋼のように硬い。


 彼は永遠にだって黙り続けるのだろう。


 沈黙は空白となってページを埋めていく。

 めくってもめくっても、空白のページが続いた。

 長い長い空白の後、ページの中央にぽつんと文字が刻まれた。



 「それが貴方にとってのソドムだからですか?」



 イルマが言った。

 彼はイルマで、わたしのよく知るイルマの声だった。


 ――声。


 わたしの鼓動が跳ね上がった。

 思い出したように、静止していたはずの世界が動き出す。


 タマサカさんが顔を上げて、ひたりとわたしを見た。

 イルマもまた肩越しに振り返り、わたしを見た。

 わたしも二人を見ていた。


 勘気の色濃いタマサカさんの視線が、容赦なくわたしを射竦める。


 わたしは二人の会話を盗み読んでしまったことを謝罪しようとしたけれど、タマサカさんはわたしにそれを許さなかった。


 謝罪も弁解も懇願さえも切り捨てるように、彼はばっさりと本を閉じた。



 わたしは目覚めた。

 悪夢から転がり落ちてきたような唐突な覚醒。


 目を開けると梁がむき出しになった天井が見えた。


 壁に立て掛けた無数のキャンバス。ベッドわきのサイドテーブル。ぽつんと置かれた目覚まし時計……。


 すずめがかしましく鳴いている。窓の外は白々と明け始めていた。

 いつもの朝の、いつものわたしの部屋。


 絵葉書に刻印されたような青い夜は、何処にもない。


 背中は汗でぐっしょりと濡れていた。

 激しい鼓動が潮騒のように耳の後ろをざわつかせる。

 悪寒がする。震えが止まらない。


 ――夢。


 確かめるようにわたしは呟く。


 耳の奥に、本を閉じる乾いた音が、質感を伴っていつまでも残った。

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