17 独白



 「あこぎな商売だと思わないか?」


 タマサカさんが独白のように言った。


 「市場開拓というやつだ。無料でばらまき必需品になったところで高額有料化。ただでドラッグをばらまいて中毒にしたところで有り金を絞り尽くす、マフィアと同じ思考だな」


 言いながら、わたしのスマホをタップする。

 おそらくスマホ――ケータイについて話しているのだろう。


 「しかもドラッグよりもたちが悪い。ドラッグは身体的な薬物依存だ。誰もがその異常性を認識できる。だがソーシャルネットワークは孤独を忌避する人間の本能に根ざした精神的な依存だ。人は自らの選択によって喜んで依存状態に身をゆだね、その中毒性はSNSコミュニティへの献身として称賛される」


 タマサカさんはなんの脈略もなく語り始めた。

 彼の話が突飛なのはいつものことだったけれど、状況が状況なだけに、わたしは混乱してしまう。


 「ネットワークは無限に広がる情報の海でありながら、その実、ユーザー自身の願望を反映した閉鎖空間に過ぎない。見たいものだけを見、見たくないものは排除する。同じものを見たい者だけが集まり、同じ感情を共有しては互いを補強しあう。善意にしろ悪意にしろ全ては強化され、是正されることもなく増幅し続ける。まるで宗教の始まりを見るようじゃないか? あるいは自縄自縛の無間地獄だ」


 ふっと息をつくとタマサカさんは続けた。


 「社会性を持つ人間にとって相互扶助の関係は根本原理だ。それ自体に問題はない。問題なのは、そうしたサービスを設計し、ばら撒いている連中はそのことをよく知っているということだ。サービスが商業である以上、いかに人間の中毒性を引き出して利益を上げるかは至上命令だ。結果、願望の増幅装置は天井知らずに、あるいは底なしに構築され続けていく。延々とな」


 タマサカさんは喉の奥で笑った。


 「――実に悪魔的な仕組みだと思わないか?」


 何も答えず、わたしはただタマサカさんを見ていた。

 いつもそうだ。

 タマサカさんに畳みかけられると、わたしは反応できずに固まってしまう。


 圧倒され、勢いに呑まれ――自失してしまうのだ。


 タマサカさんも初めから返答など期待していないのだろう。彼はカツカツと靴を響かせて歩み寄ると、わたしにスマホを手渡した。


 「イルマなら心配ない」


 通り過ぎざまにそれだけを告げて、タマサカさんは廊下を歩き去っていく。

 わたしは言葉を失ったまま、彼の背中を見送った。

 辺りには甘い香りが漂っていた。

 甘ったるく粘度のある馥郁とした香り。

 タマサカさんのタバコの匂い。

 室内には霞のように紫煙がただよっていた。

 煙たそうに顔をしかめ、キシはしばらく動かなかった。彼はタマサカさんが消えた廊下の闇を、挑むような眼でじっと見ていた。


 「大丈夫?」


 恐る恐る問いかける。

 キシは闇を睨んだまま答えた。


 「大丈夫」

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