15 失敗
衝撃が全身を貫いた。
「……痛」
息が詰まって呼吸が出来ない。
何度か喘いで呼吸を整える。少しずつ呼吸が落ち着いてくると、ぼやけていた視界がゆっくりと像を結び始めた。
最初に真っ黒な天井が見えた。
「……え?」
夢の続きなのかと、わたしはきょとんと瞬いた。もう一度目を凝らす。真っ黒な天井に見えたものは、ただの夜空だった。
ほっと息をついた。
わたしはベンチの足元に仰向けに倒れていた。
どうやらベンチから転がり落ちたらしい。
西の空にしぶとく居残っていたはずの太陽は、もう何処にも見当たらないそれどころか僅かばかりの残照さえなかった。
日はとっぷりと暮れている。
――何時?
時間が気になる。
時計代わりにしているスマホはアトリエに置いてきたままだ。
それでも夜空の加減から、ずいぶん時間が経過しているであろうことは、容易に察しがついた。
――失敗したんだ。
わたしは気恥ずかしさを覚えながら、ごそごそと身体を起こす。
「ごめん。大丈夫?」
服についた土や葉くずを払いながら、イルマに話しかけた。語りかけるべき自分の影はもう無かったから、雑林の暗がりで代用した。
影ならなんでもいいのだ。必要なのは知覚的な区切りなのだから。
あいにく暗がりからの返答は無かった。
「ひどい失敗だったね」
構わず続ける。
失敗の気恥ずかしさがわたしを饒舌にしていた。
わたしはまだ恣意的な“混線”に慣れていない。
練習を兼ねて実地した回数はわずか六回。
うち四回は失敗している。
今のところ成功よりも失敗のほうが多かった。
極端に抽象的すぎたり荒唐無稽な夢のような呈で表出する場合、それは“混線”の失敗を意味した。
今の体験がまさにそれだ。
「それにしても」とわたしは辺りを見回す。
暗い夜空。
街からの遠いさざめき。
夜気にしんなりとうなだれる葉叢。
夜の深さが時間の欠落の長さを物語っていた。
わたしはぶるりと身震いする。
――寒い。
身体は冷蔵庫に一晩置いたおかずみたいに冷え切っていた。
いったいどれだけ意識を失っていたのだろう。
こんなひどい失敗は初めてかもしれない。
そう思うと、急に“混線”で感じた、イルマの感覚が生々しく思い出されて、わたしは心配になった。
悲鳴と、破壊と、痛み。
あれは確かにイルマが受けたダメージなのだ。
「大丈夫?」
わたしはもう一度、暗がりに問いかける。
やはり返答はなかった。
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