14 落ちる空

 

  ◆◆◆



 ぐらり、と意識が傾いた。


 スズキの笑顔が急速に霞んで遠ざかる。

 “私”は夢の終わりを知った。

 来た路を辿るように意識が暗がりに吸い込まれていく。


 ――闘うべきだ。そう思わないか?


 暗闇に声が響いた。よく知った声だった。

 浮上が、あるいは転落が、不意に止まる。

  “私”は濃密な闇の中に、取り残された。天も地もない塗りこめたような闇。見渡す限り全てが真っ黒だ。何も無い。


 また失敗?


 “私”の胸に疑念が過る。


 ピシリ、と頭上で音がして、“私”は天を振り仰ぐ。

 天頂とおぼしき真上に、一筋の線が伸びて真っ黒な世界を白く穿っていた。

 ピシリ、とまた音がする。

 線が二本に増える。

 また音。

 線が三本になる。

 ピシリ、ピシリ、と音がするたび、白いひびが世界を裂いた。

 亀裂は瞬く間に蜘蛛の巣状に広がった。

 世界そのものが軋み声を上げて歪んでいく。


 空が落ちる。


 見たこともない現象。

 ようやく“私”は自分が非常に危険な状態にあるのだと覚った。

 だからといって、どうしろと言うのだろう。

 見渡す限り暗闇の平原。

 逃げ場などない。

 立ち尽くすほかない“私”は、ただ落ちてくる空を見ていた。

 限界までたわんだ空が、一瞬の拮抗に沈黙した。


 ――備えなさい。


 影の中からイルマが言った。


 ――何に?


 問い返すと同時、空が――世界がばらばらに弾けとんだ。

 黒い破片が激流のように殺到する。


 悲鳴だった。

 破壊だった。

 痛みだった。


 それらであると同時に、それらに酷似したほかの何かで、それは“私”の感性には存在しない、イルマのものだった。


 巨大な鉄の板で横殴りにされたような衝撃がはしる。

 “私”は幼児に弄ばれるビニール人形のようになぎ倒された。


 思考はそこで途切れた。

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