13 届かない努力


 「知ってるか?」


 スズキはキシの眼をひたりと見た。


 「努力は凡人に恵まれた夢なんだとさ。凡人が拗ねていじけて動かなくならないように、昔の賢い人かなんかが努力っていうのを美徳にして、凡人を励ましたわけよ」


 スズキの口角が皮肉そうに吊り上がる。


 「なにも絵に限った話じゃないよな。昔からそうやって賢い連中が都合のいい夢をねつ造してきた」


 『聖なる嘘』ってやつさ、とスズキが笑う。


 「政治の仕組みがどうだろうと富と権力は上位1パーセントに集中する。世の中は不公平がデフォだろ? その不公平から目を背けさせるために、祈りだとか徳だとか倫理だとか献身だとか努力だとか、バカな群衆に夢を恵んでやるわけ。恵まれない現状はお前の努力不足だ。だから頑張れ。頑張ればなんとかるって――」


 スズキは窒息しそうに息を詰める。


 「――ならねぇよっ!」


 静かだった声量が跳ね上がった。

 キシの肩がびくりとする。


 「頑張っても頑張っても頑張っても届かない。分かるか? その気持ち。結局、努力ってのは夢なわけ。馬の鼻先にぶら下げたニンジンみたいなもんだ。届きもしないニンジンを追いかけて、延々と歩き続けるバカな馬。それが俺らだ!」


 一気に捲し立てると、ぐずぐずと崩れる泥のようにスズキは深く深く項垂れた。そのまま小さな声で独り言のように続ける。


 「俺よりすげぇやつはいくらでもいる。そのすげぇやつらが死にもの狂いで描いてる。届くわけねぇだろ」


 時間の無駄だ、と吐き捨てた。


 「……そう考えだしたら、なんもする気なくなってさ」


 スズキの肩が震えている。


 「もう俺――描けねぇわ」


 スズキは顔を上げた。

 泣いているのかと思ったけれど笑顔だった。

 さっぱりとした晴れやかな笑顔。


 彼はもう決めている。

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