12 抜け殻
「俺さ」
スズキは俯くと膝の前で組んだ自分の手をじっと眺めた。
「ガキの頃から絵が上手くて、ガッコでも一番上手かったし、画塾でも才能あるって言われてたんだぜ?」
スズキは問いかけるように首を傾がせる。
口調は軽いのに、どこかが痛むような、苦しそうな声だった。
「自分でもその気になって、今日は気が乗らねぇとか、今インスピレーションの神が降りてきたとか、アーティスト気取りのこと冗談めかして言いながら、わりとマジで自分でも思ってたわけよ。才能あるって」
さらに深く俯いて、後頭部をくしゃくしゃと撫でた。
「井の中の蛙ってやつだよな」
典型的な、と付け足してスズキはくつくつと笑う。
「美大はいったらさ、上手いやつとか才能あるやつなんて掃いて捨てるほど居んのな。考えてみたらガッコで一番か二番目に上手い奴らが、何百枚、何千枚もデッサン描いて美大に入ってくるわけで、みんな上手くて当たり前なわけよ」
キシは何も言わなかった。
ただじっとスズキの声に耳を傾けている。
「あいつは俺より上手いとか、あいつより俺のほうがすごいとか、そうやって比べていくうちに、だんだん自分のポジションが見えてきれ、それがびっくりするぐらい普通でさ」
勘違いするなよ、とスズキは続けた。
「別に俺は自分の絵が下手で拗ねてるわけじゃないからな?」
スズキの問い掛けにキシは無言で頷く。
「分かるよ」とその眼には共感の意思が示されていた。
「技術的なもんはあとからついてくればいいわけ。今足りてなくても、そんなもんはなんぼでもなる。問題は――」
そこで区切って、スズキは顔を上げた。
ずっと放置されたままだった自分の絵を、宿敵のような眼で見た。
「見ろよ俺の絵――空っぽ」
くつくつとまた笑う。
「問題はさ、表現したいかどうかなわけ。描きたい何か? 絶対にこういうの描きたいとか、誰がなんと言おうとこれを描くっていう意思っていうか衝動? 俺そういうのなんもないんだよな」
スズキは視線をキシの絵に移す。
スズキの暗い眼には甘ったるく粘つく嫉妬の気配と、圧倒的ものを前に何もかもが吹っ切れたような羨望が入り混じっている。
「なんかすげぇよ。お前の絵。わかんねぇけど、すげぇすげぇすげぇってそれしか言葉が出てこねぇの。何喰ったらそうなるわけ?」
スズキはハリウッド俳優みたいに肩をすくめてお道化てみせる。
「お前に見えてる世界。絵に落とし込もうとしてる世界。そういうのに比べたらどんなもんも陳腐にしか感じない。頑張っても頑張っても頑張っても――どう頑張っても俺の絵はただの抜け殻だ」
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