11 理由


 「……うん?」


 キシの呼びかけにも満たない問い掛けに、スズキは答えない。

 彼は口を一文字に引き結んだまま、じっとキシの絵を凝視し続けた。気難しげに寄せられた眉は怒っているようにも泣いているようにも見えた。


 「すげぇ」


 ようやくスズキが口を開く。

 呟くような、ため息のようなかすれた声。

 声によって室内に息吹の気配が戻る。

 欠落していた現実感と、亡霊じみた怪しさはなりを潜め、スズキは自分が生きていることを思い出した彫像のように動きだした。


 「マジすげぇ」


 苦笑い交じりの溜息を漏らし、スズキは手近にあった丸椅子を引き寄せて、どっかりと音を立てて座る。

 猫背ぎみに背中を丸め、「すげぇすげぇ」と口の中で繰り返した。

 詩のように韻を踏み、歌のように節をとり、呪文のようにぶつぶつと続くスズキの称賛にキシは戸惑う。

 キシは何も答えず黙っていた。

 スズキはずっと絵だけを見ている。

 キシの存在は置き去りだ。

 独り言めいた呟きに、ありがとう、と答えるのも何か違う気がした。

 詩のような歌のような呪文のようなハミングが一区切りすると、スズキはまた大きく溜息をついた。


 「今日、申請出してきたんだけど――」


 ようやくスズキは人間らしい言葉を発した。


 「――俺、ガッコやめるわ」

 「うん?」


 キシの返事は素っ気なかった。

 別に冷たいわけではなく、集中し過ぎたり動揺が大き過ぎると、キシは「うん」しか言わなくなるのだ。

 その替わり眼で喋る。

 目深にかぶった前髪の隙間からのぞくキシの眼は、何故? とスズキに問いかけていた。スズキは背中をさらに丸め、くしゃくしゃと両手で頭を掻きむしった。

 「あー」とか「うー」と呻いた後、彼は諦めたように顔を上げる。


 「もう俺は描けない」


 何がおかしいのかスズキは笑いながら言った。

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