8 恣意的な混線



 チカの件以来、何処にいても影を介してイルマと会話――に似た別の何か――が可能になった。報告したタマサカさんには、「やっとか」と呆れられてしまった。


 それぐらいずっと前から、イルマはわたしの影にいた。


 イルマはいつだってわたしと一緒に“世界を見る”タンデムをしている。

 たとえイルマの本体が、いつものアパートの、いつもの窓辺で、いつもの黒猫を抱いていたとしても、イルマはわたしを通して世界を見ている。


 イルマという存在を直観的に理解したことで、気紛れなフラッシュバックでしかなかった“混線”が、ようやく自分の意思と繋がった。

 コントロールが可能になったのだ。

 もちろん、まだまだ手探りの状態ではあるけど。


 わたしは深々とベンチに寄りかかり、空を仰いだ。

 茜色の空に金色の雲が流れていく。

 何度も身じろぎをする。

 カナカナと遠くでヒグラシが鳴いていた。

 宵の気配をはらんでそよぐ風が、サラサラと髪を揺らして肩を撫でた。

 ほうっと息をついて、わたしは目を閉じる。

 傍からみれば居眠りにしか見えないだろうな、とぼんやり思う。


 数日前。

 恣意的な“混線”についてのレクチャーをイルマから受けた。

 “混線”とは解放と拡散と回収と収束なのだと、イルマは説明した。

 さっぱり意味が分からない、というわたしの苦情に、睡眠と同じです、とイルマは言葉を継ぎだした。


 それならわたしにもなんとなく分かる。

 眠ればいいのだ。

 確かにそれは睡眠に似ていた。

 正確に言えば、夢のプロセスと同じなのだ。


 ――いいですか?


 声ではない声でイルマが言う。


 ――いいよ。


 声ではない声でわたしは答える。

 途端、ぐらりと意識が傾いた。


 落ちるように意識は暗がりの中に吸い込まれていく。


 思考が途絶え、世界が暗転し、わたしは消失した。

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