4 不運な鉢合わせ


 「あいつ才能ないくせにプライドだけは高いからなぁ。スランプもなにも、自己評価と技量がつり合ってないから動けなくなるんだろ。自滅だな」


 グループ展の恨みもあってか、ワタリはあしざまにスズキを罵った。落書き。才能がない。プライドだけ。自滅。ぽんぽんと飛び出してくるダメ出しの数々。

 ぐさっときた。

 絵描きなら言って欲しくはないだろう手厳しい指摘に、自分で話を振っておきながら、スズキが気の毒になる。


 「えーっと……」


 慌てて話題を変えようと、わたしは口を開く。

 ネタを探すようにさまよわせた視線が、戸口で止まる。

 わたしはそのまま固まった。


 「どうした?」


 わたしの視線を追いかけたワタリもまた、ぎょっと身を仰け反らせて固まった。


 「……スズキ」


 戸口に寄りかかるように、スズキが佇んでいた。

 斜めに傾いたダルそうな姿勢はいつものことだけれど、同じくいつもダルそうにしていたはずの顔に表情はない。

 能面のように無表情で、彫像のように固い表情。なんの感情もしめさない顔が、語りえぬスズキの心情をかえってきわだたせていた。


 何処から話を聞いていたのか。


 そんなことは気にするだけ無駄だった。

 既にスズキの感情は表情が欠落するほど振り切れているのだ。

 数秒間、互いに無言で視線を交わした。

 なんの疎通もない無意味なアイコンタクト。


 不意にスズキが動き出す。

 足取りはその表情と同様に感情が抜け落ちていた。ズカズカとでもそっとでもない歩み。まるで水の中のように無音だ。


 そのままスズキは自分のキャンバスの前に立つ。

 自分の絵には見向きもせず、黙々と画材を道具箱に詰めはじめた。

あらかた画材を詰め終えると、ぞんざいにパレットを手に取る。乾いた絵具でコンクリートのように塗装された折り畳み式のパレットを、スズキは力任せにまっぷたつに閉じた。


 バキン、と何かが砕ける音がする。

 パラパラと絵具の粉が床に散る。


 折り畳んだパレットを無理やりねじ込むと、スズキは道具箱抱えてアトリエを出ていった。


 ずっと無言だった。


 ワタリはばつが悪そうに、じっと戸口を見ていた。

 誰も何も言わなかった。

 足元に散った絵具の粉が、かさぶたみたいに赤黒く乾いていた。

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