3 憤懣


 「――スズキ?」


 スズキの名前にワタリの眉が曇った。


 「最近、見てないな」

 「前のグループ展で一緒じゃなかった?」


 ああ、とワタリは何か不味い物でも齧ったような顔をした。


 「あいつサイアク」

 「何かあったの?」


 尋ねるとワタリは渋い表情で「それがさ――」と話しを切り出した。


 実のところ、わたしは既にことの真相を知っていた。

 噂で聞きかじったのだ。

 六月のグループ展でスズキは当日に参加をすっぽかしたうえ、展示費用を踏み倒して、主催のワタリとひと悶着あったらしい。


 ワタリの批判の矛先を、キシから逸らしたくて、わざと話を振ったのだ。

 我ながらちょっとあざといと思う。

 それでも思惑通り、ワタリはその後の数十分間、いかにスズキがサイアクだったのかについて、思いの丈を余すことなく喋り散らかした。


 「あいつギリギリまで出展するって言ってたんだぜ?」

 「制作が間に合わなかったの?」

 「間に合わないなら間に合わないで過去作でもいいだろ。連絡さえくれたらそれで済んだのに、電話もメールも音沙汰ないとか、どうしようもないだろ」

 「なんだか最近、絵も描いてないみたいだしね」


 わたしはワタリの背後にあるキャンバスを視線で指した。

 黄色を基調にしたど派手な色彩と奇抜な幾何学模様に、目がチカチカする。

 キュビスムらしきスズキの絵は、もうずっと放置されたままだ。

 置き忘れられたキャンバスも、カチカチに固まったパレットと筆も、廃校あとのオブジェのようにひっそりと物悲し気に埃をかぶっていた。


 「描けないとかスランプとか言われてもなぁ」


 スズキの絵を肩越しに振り返りながら、ワタリは顎を撫でる。


 「この絵でどうやってスランプになるんだよ」


 落書きじゃないか、とワタリが笑う。

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