俺達は、揺り篭の中で殺意を燃やしながら。 03
「書いてあったでしょ?優秀な助手が現れたら、【私はそなたの前にその姿を見せよう】って」
「その言葉……まさか、お前があの放課後の錬金術師?」
「ピンポーン」
信じ難い。あんなセンスの欠片もない名前の主がこんな美青年だとは。しかしながら着崩した学校指定シャツの下には残念なほどにダサいTシャツが覗いている。それを見て春過が放課後の錬金術師と同一人物であると何となく信じてしまう。なんで“愛”と毛筆で書いてあるんだ、なんでショッキングピンクなんだ。
「先生が解いてくれるかと思って最後の希望で書き込んだ記事だったんだけど、まさか第三者が興味を持って、しかも解き明かしてくれるとはね」
あの記事の投稿者名が空白だった意味が理解できた。部活動申請書から花折の名前が消えていたのと同じで、南栄春過の名前も消去されていたということか。
「去年の三月。僕は中庭で一人先生を待っていた。戻ってきたら伝えようと思っていたんだ、晴れて僕は学校を卒業できるんだってね。だけどそこで、七尾遠里に襲われた。何度かIDを貸してって言い寄られてたのを無視してたから、痺れを切らしちゃったんだろうね」
ほらここ、と春過がシャツの脇腹部分に空いた大きな穴を示す。
「何度も傷付けられてその傷が再生するまで待って……挙句に指までとられてさ。彼が僕のエネルギー切れ、休眠を狙ってるんだってわかって必死で逃げた。だけど流石に普通の外殻(ハードウェア)じゃ勝てないよね。満身創痍でグラウンドまで辿り着いて、僕は地中に潜った。流石にその位の力は残ってたから」
地面を指差して春過は笑う。
「眠るにしても、せめて安置所じゃなくて先生の近くにいたかった」
「あの掲示板の記事は?」
「土の中から投稿した。遠里に気付かれないように、そして先生に見つけてもらえる事を祈りながら」
放課後の錬金術師。化学を混ぜた問いかけ。
それは、化学教師である高岡教員に見つけて欲しいという思いの表れだったのだ。
「それにしてもありがとう。君のおかげで思ったより早く起きられた!」
錬金術師は空を指差す。
「君があのメッセージを書いてくれたから」
投稿していた画像――我々の文字の事か。
「ああ、暇潰しにな」
「その暇潰しに救われた。あの走査光と発生した極光のおかげで、俺のエネルギー蓄積が一気に進んだんだ」
本当だったら五年以上掛かる見込みだったのに、と春過は本当に嬉しそうだ。
「これで、なんとか約束は守れそうだ」
彼の目に愛情と幸せが交じり合う、溶けるような光が滲んだ。
「まあ、既にお前の任務の事はばらしちまってるけどな」
「えええーそうなの!?先生真面目だから絶対怒ってるよ――!!」
急に慌てだす春過を他所に俺は立ち上がった、手足を振って確認するが大きな損傷は見当たらない。
「……っていうか足も腕も付いてるし」
まず遠里との交戦中に吹き飛んだ部位が生えていることが俺には理解不能だ。フル稼働したせいで体中の血管も神経もずたずたに千切れていたはずなのに、痛みもなく感覚はしっかりとしている。
「ああ。それは、俺からの御裾分け」
悪戯っぽく片目を瞑る錬金術師。なんだなんだ、お前は本当に人体練成すら行える錬金術師だったのか。
って、そんな訳はない。
「……お前、自分の稼動エネルギーを俺に供給したな」
「御裾分け程度だよ」
そんなはずがない、自分の体のことは自分が一番分かる。休眠寸前だった俺の外殻(ハードウェア)は復元と共に、ゆうに数十年は稼動可能なエネルギーが俺には残っている。これだけの量を他人に譲渡すれば、供給した側はどうなることか。
目を細める春過。そして本当に幸せそうに笑う。
「俺はね、もう何世紀も稼動したいと思っていないんだ。生きるのは後一回で十分」
それに、と付け加える。
「君と君の友人のおかげで、俺は救われた。そんな君達の別離なんて、見過ごせるはずがないじゃないか」
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