僕が緩やかに眠りにつくまで、君は踊って待っていて 12

「まあ最後だし、いっちょ派手にやらかしましょうか」

 その声がきっかけとして、一ヶ所、二ヶ所、三ヶ所、四ヶ所……俺は自身の思考領域(ソフトウェア)に掛かっていた施錠(ロック)を端から解除していく。

 ギチリ、ガチリ。歪に組み変わっていくのは解放か変質か。

 本来なら許されるはずの無い思考開放、本能の再獲得――そして、身体能力制限解除。

 それが可能となったのはあの二人のおかげ。

「棄て去った側に、貴方もいたのではなかったのですか……?」

 遠里は苦笑いしながらも少し嬉しそうに触覚器官(ライン)を振った。その頃には、俺の意識変化は殆ど完了していた。

「ああ、捨てたよ。好きなだけ大暴れできる身体だけはな!」

 だが思考だけはどうしようもない、その根幹に潜む本能に至っては捨てる事などできない。そしてこの地球人と同じ強度の外殻(ハードウェア)だって――無理をすれば、そう無茶をすれば、そこに篭められた精神(こころ)に相応しい力を、動きを発揮する事ができる。

 だからこそ施錠(ロック)されていた。我々の手によって。不可能だと言われた二重承認を必要とする強固な鍵で以って。

 ブチリっと嫌な音を立てて俺の最後の箍(たが)が千切れる。その瞬間、遠里の体が背後の窓ガラスを突き破って吹き飛んだ。ガラス片が遠里の周りの触覚器官(ライン)に弾かれて不自然に舞い散り、月の光に煌いて幻想的にすら感じられる。そう感じるくらいの心の余裕が俺にはあった。俺は窓枠に残ったガラスを踏み拉いてグラウンドへと飛び降りる。二階なので膝をクッションにすれば今の外殻(ハードウェア)でも十分に耐えられる高さだ。

「がはっ……!」

 遠里は受身すら取れずにグラウンドに叩きつけられ、反動で鞠のように何度も跳ねて転がった。だが、その勢いが収まるや否や直ぐに立ち上がる。

「くっ……!」

 ぶらぶらとありえない方向に曲がる遠里の左腕。もう完全に破壊されていると一目でわかる。無事な方の手で拭った口元には血の跡が。どうやら体の内部にまで効いてはいるらしい。

「俺も痛いんだ。おあいこだな」

 実際は限界まで興奮した神経が痛みの伝達など二の次にしている。だが体の損傷を知らせる警告(アラーム)はけたたましく機構(システム)に響き、決して俺の外殻(ハードウェア)が無事ではない事は明らかだった。

「確かに……しかし先輩の身体はこの星の仕様に合わせているのでは?」

 対する遠里は明らかにこの星の基準を上回った、違法改造された外殻(ハードウェア)だとわかる。触覚器官(ライン)まで利用可能とあれば、本来なら勝ち目など無い。

「そうだ、俺はこの星に生きている人間の代打としてお前に立ち向かうんだ。宇宙人である征木葉切と、地球人である高岡教員の合意を得てな!」

 そう、俺が二人に打ち明けた秘密。持ちかけた取引。

 加賀未散という、Sクラス危険分子を封じるために施された二つの種族を跨ぐ心理的呪縛。

 我々の一員の合意によってのみ外すことができる精神的施錠(ロック)。

 地球人の一員の合意によってのみ外すことができる身体的施錠(ロック)。

 要は、二つの種族が窮したときにのみ、同じ脅威に晒されたときにのみ解除できるよう施錠(ロック)は掛けられていた。有事の際の切り札として残されていた。その圧倒的な暴力を解放することができるようにと。

宇宙人と地球人、それぞれの承認を得た状態でのみ、俺の武力行使が許されるようにと。

「今の俺は、あの頃と同じだ。どうだ、不足は無いだろう?」

 実際のところは心理的スペックだけだけどな。俺は内心でそう独りごちた。

 たった一発相手を殴り飛ばしただけで内臓が傷付き、気管からは血が競りあがって来る。本能を解放し、肉体の制限を解除したからといって、元々戦闘用に作られていない外殻(ハードウェア)が耐えられるはずも無い。

 あるいは、それすらも計算して我々はこの外殻(ハードウェア)をあてがったのだろうか。

 まるでシンデレラのように、いつまでも踊り続ける事ができないようにと。

 魔法は、いつか解けるのだと。

「上等だ。それでもこの一回を踊りきれるならな」

 群青色の血塊を吐き捨てると俺は遠里に手招きした。

「来いよ、お前の願い、叶えてやる」

 戦って、最後まで戦って、

 そして破滅したいという純粋すぎる願いを。

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