第三章 レンアイオーパーツ

僕が緩やかに眠りにつくまで、君は踊って待っていて 01

 翌日、俺は一人で彼女が部屋を訪れるのを待っていた。

 葉切の家から帰る際に、一冊の本を渡された。珍しく綺麗に製本されたそれは既に読了済のもので、俺は一旦は付き返したのだが、彼女の言葉を聞き結局こうして学校にまで持ってきてしまった。

 もう、次から次へと貪るように新しい本を読む必要も無い。俺はゆっくりとした所作でページを捲り本を読み進めていた。授業で音読したページにまで辿り着くと、花折の言葉を思い出し知らず口が笑みを形取る。読み終わって、本を机の上に置く。よく確認すると自分が前に読んだものと微妙に出版社や収録内容が違っていた。

「じゃあこれも、記録送信すれば一冊にカウントされんのかな」

 まあ、送る気も無いのだけれど。あの連絡端末を使用した瞬間、母船に吸い取られた俺の記憶が確定的な証拠となる。そうすれば即俺はその存在を拘束され凍結されてしまうだろう。

 まるで神隠しに遭ったかのように。

 そう、ただそれだけの事だったのだ。

 当事者は目撃者の視点を持たない。それを起こす側であるが為に、それがどう見えるかなど知ることがない。

 百八十度反転してみよう。そうすれば気付く。だって、俺はそれを六回も繰り返してきたのだから。

「待たせたね」

 戸をあけてジャージ姿のままの高岡教員が現れた。俺は席を立つこともせずに視線だけを向ける。

「なにこの散らかりようは。あぁマルオ君が惨殺されているじゃない」

 彼女は一歩踏み入れたとたんにくしゃりと音を立てた紙のカーペットに顔を顰めた。

「先生。約束の」

 俺は机の上に除けてあった一枚の紙を差し出した。彼女はそれを受け取る。それは見渡す限りの砂漠から一粒の砂金を探し出すよりは簡単に、足元に散らばる紙片の海から見つけ出した一枚。この部屋をこんな有様に変えた際に、俺はダンボールを壁に叩きつけながらも、舞い落ちる紙片に綴られた文章を反射的に読み込んでいた。

 その中に、見逃せない一枚はあった。

「部活動申請書……?」

 長い時が経ち黄ばんだその紙には、今使われているデータと変わらないレイアウトで書面が印刷されている。

 曰く、化学部の発足に対し以下の生徒が創立の人員となることを誓うという一行。その下に書かれた名前は、

「部長、南栄……春過(はるか)……!!」

 高岡教員の目が見開かれた。彼女の氷のケースに収められていた脳が、忘れていた事、忘れさせられていた事を思い出そうと必死でニューロンを再活性させているかのようだ。

「思い出したか?」

 彼女はぶるぶると震える両手で書面を握り締め、その文面を、押された旧式の朱インク印鑑を食い入るように見つめた。

「だけど……二年前にはもう紙の申請書など発行していないはず……」

 その通り、黄ばんだ紙には印刷されているのは二〇四〇年四月一二日という日付。実に十五年もの前の物だ。

「高岡教員。あんたは知っているはずだ」

「何を……」

「人間は、そんなに簡単に消えない。家族だっているし、友人だっているし、ましてや高岡教員が探していたのはこの学校の生徒だ。データだって揃ってしかるべきだ。だけど、貴女の周りから確かに彼の存在は消え去ったんだろう?」

 まるで夢であるように。

 まるで幻だったかのように。

「本来なら在り得ない。そんなことが可能なのは幽霊か……宇宙人くらいのものだ」

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