僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 15
案内された葉切の部屋は、さすが異星間交遊を許されているだけあって、完璧に地球人の女性の生活感を表現していた。小瓶の並ぶ白木の化粧台に、小花柄のカーテン。無駄に沢山ある衣装ケース。僅かに鼻を擽るローズマリーのアロマオイルの香り。
「すげー完成度だな」
「コンセプトはナチュラル系清純派主婦よ」
「そりゃあ……お似合いですね」
淡々と返されて笑うに笑えない。
別に彼女のお部屋訪問を目的としている訳ではない。俺は部屋の角に設置された象牙色の木製デスクへと歩み寄った。その上に設置されたピアノブラックの薄型パソコンは、淡い色調の部屋の中では余りに不釣合いに存在している。
「この部屋だったらオフホワイトのほうが似合うんじゃねーの?」
俺が近づくとフォンと音を立ててPCがスリープ状態から回復した。葉切は椅子に座ると液晶に指を押し当ててロックを解除する。彼女が我々・comにログインすると、トップページに表示されたサムネイルは銀のペンダントトップ。葉切はフレンド登録されたユーザーの一つをクリックする。ニックネームはカオリ。まさかの実名登録だった。非難するような俺の視線を感じたのだろう、葉切は緩く首を振る。
「あの子が生まれたときに、事務的に割り当てられたIDよ、あの子はここにログインしたことすらないわ」
確かに、サムネイルすら乗せていないカオリのプロフィールページは簡素の一言で、あのクラスのしおりを思い出させた。そのプロフィールページに斜めに走る、オレンジの大きな透かしスタンプ。
【一時凍結】
「これは?」
「犯行声明が母船に届いて、私に通知も無しで設定されたわ。それと同時に安定生存機構(マザーオブグリーン)が情報調整を行ってこの地域の記憶や記録の改竄を行った。だから、皆花折を忘れていったのよ」
「犯行声明?」
「花折は……反順応派に攫われたの」
彼女はメニューを細かくクリックして深い階層の情報を開いていく。未散がログインした際には表示すらされていないメニュー項目は、彼女のIDが高アクセス権限だという事を示していた。
「花折を産んで任務達成した後、私はサポート系の業務に就いたの。端末さえあれば家でもできるから」
彼女が開いたのは、顔写真付きのリストだった。最上段がSでそこから
「私が管理しているのは、我々内部での危険人物リスト。危険度別にランク分けしてあって、入ってきた情報に即して随時ランクの見直しを行っているわ」
「あぁ……なるほど。だからアンタ見舞いの時あんなに俺を拒絶したのか」
花折の見舞いに訪れた時、花折に関わるなと頑なに言い放った葉切。あれは勉強や受験なんてものが理由などではなかったのか。
「そうよ、招き入れてきちんと顔を見たときにやっと気付いた。不覚だったわ。何時も整理しているリストの一番上に載っている顔が目の前にあったっていうのにね――あの時は、殺されると思ったわ。本当に」
未だに俺の扱いはこんなものらしい、リストを眺めて俺は問うた。
「俺のランクは?」
「降下以来二十年間Sよ」
「まじかよ、俺何もしてねえのに」
思わず苦笑が零れる。
「それだけ恐れられているのよ」
確かに、Sランクの項目には俺の顔写真と名前だけがぽつんと一つだけ挙がっている。
「ナンバーワンでオンリーワンなのな」
「貴方以外は歯牙にもかけていないってことよ。我々のトップ層はね……そして今回犯行声明を出したのは危険度AAの反順応派グループ【インスティンクト】。名前通りの本能先導思想主義者の団体よ」
名前ぐらいは聞いたことはある、何度も勧誘されていたグループだ。我々の本能のままに人類を制圧、撲滅させて星の主導権を獲得しようという過激派。そんなグループに花折が攫われたのか。
「……これが管理事務所に届けられたメッセージよ。大胆にもIDの偽装さえせずに送られてきたわ」
葉切は転送されてきたというメッセージを開く。そこには、仰々しい文体で綴られる、我々への宣戦布告があった。
【拝啓 安穏と怠惰に過ごす同士共に告げる。二十年間も虐殺の本能を抑え脆弱な地球人と過ごしていることに我らは驚きを禁じえない。
同士共はそんなに惰弱で日和見な種族だったか?各々が互いを監視することで、唯一の拠り所であるSNSとIDによって管理されていることで、その牙が、その爪が曇っているのだと思い込もうとしているのではないか?
我等は降下以降ずっと臥薪嘗胆し同士共が自身の中の本能を認めるのを待っていた。その点では、我等も僅かに地球人の事なかれ主義に当てられていたのだろう。だがしかし、こうして二十年もたった今、そろそろ我等の自制心にも限界が訪れた。決定的な証跡が、我等の魂を呼び覚ました。同士共は、どれだけ自らを穢せば気が済むのか?
我等は同士共と袂を別つ。手始めに、同士共の希望を砕こう。そうすれば我等の本気は伝わるだろう?同士共にも、連れない返事をする同志にも。
では、殺意に彩られた本能を以って、合間見える時を楽しみにしている。 敬具
インスティンクト】
メッセージを読みながら、俺は肌が粟立つのを感じた。この感覚、最近届いたメッセージを開いたときと同じ。連れない返事をする同志――
これは、俺へのラブコールだ。
「……送信名は」
「ニックネームはナツ」
やっぱりか。先日俺にメールを送ってきたユーザーに間違いなかった。
「今まで危険人物リストにも挙がっていなかったユーザーよ。任務も従順にこなしていたし。私も教官として彼の報告の評価を実際に行っていたから、最初信じられなかった。第一、ナツは今そんなことができる状態じゃないの。だから母船の
葉切は危険人物リストを再び開くと、
「こいつ……ステータスが“休眠”じゃねーか」
活動エネルギーの枯渇による強制休眠。動けない状態で本来メッセージなど送れる訳が無い。
「そうなのよ、それが
言い訳するような葉切の声を聞きながら俺はナツの
「おい、こいつは?」
「インスティンクトのメンバーの一人よ」
アップにされた画像を見て、俺は真に理解した。
二回起きた神隠しの真相を。
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