僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 13
珍しくその日の図書室は閑散としていて、珠洲さんと俺はぼんやりと読みかけの本を片手にカウンターに座っていた。
「――っていう話をどっかで見たんですけど、どう思います?」
俺はポカリと言うより最早只の水という位まで薄めた今回の事件を、掻い摘んで珠洲さんに話した。珠洲さんは最初は熱心に俺の話を聞いていたけど、途中から飽きたのか手元の本に目を落とす始末だ。俺の話下手さが申し訳ない。
「……加賀君ってさ、結構推理物とか読む?」
てっきりもう本の世界にダイブしているだろうと思っていた珠洲さんは、俺の話が終わると同時につまらなそうに問い掛けた。
「?はあ……まあ読んでますね」
正しく言えば無作為で無差別に手当たり次第どんなジャンルも読んでいるのだが。
「あーやっぱり。じゃあさ、海外の映画とか見たりする?」
「いや、映画はあんまり」
映像も情報といえば情報だが、本と違ってその視聴時間がそのまま効率に響く俺の任務上、殆ど視聴していない。
「そっか。あのさ、超常現象オチってわかる?」
「いえ」
珠洲さんの本を捲るスピードは、俺と話していても変わらない。
「海外の、サスペンスで多分に見かけることもあるんだけどね。まあ煽るだけ煽って要はトリックなんて無かったーってパターン」
「はあ」
「すっごい不可思議なことも怖いことも、幽霊とか超能力のせいだったら何となく解決するじゃない?解決って言うか帰結できるだけなんだけどさ」
欠伸をかみ殺しながら近くにあった団扇で自身を扇ぐ。
「どこで見たのか知らないけど、それもそういう類だと思うよ。加賀君は真正面からトリックを推理しようとしてる節がある」
図星だった。言われて見れば俺はさっきからなぜよりもどうやってばかりを考えている。
「知ってる知識をぜーんぶ引っ繰り返して、当てはまる何かがあったら、多分それが正解ってくらいのものだと思うよ」
「持ってる情報を……」
俺の脳内で散らばった断片的な情報(パズルピース)が広げられる。
征木花折。あの日見た広域振動信号(オーロラ)。消えた情報。削除容認対象。二度起きた神隠し。解析光。消えたハルカ。載っていない手配書。僅かな記憶だけ残した高岡教員。
神隠しは二度起きた。確かに起きた。
だがそれは、全く同じ現象だったのか?
同じだと俺が思い込んでいるだけなのではないか?
消えたのか、そもそも載っていなかったのか。
「あああぁぁぁぁぁ!!」
自分のひらめきに突き動かされるように俺は立ち上がる。やっぱり珠洲さんはすごい。小学生のような見た目ながらも、大人っぽい仕草で団扇を扇ぐのも何だか様になって見えてくる。
「ありがとうございます!何か掴めた気がします!」
「そう?それを解決しようと思ったら、こっちの手札にも相当に非日常的なカードが混ざり込んでないと無理な気がするんだけど……」
その通りです。俺はしっかり握っていたんです。
ジョーカーよりも汎用性のあるワイルドカードを。
「今日、早く上がっていいですか?」
「いいよー全然混みそうな気配もないしね」
珠洲さんは読了した本を返却棚へと突っ込みながら、走り去る俺に手を振った。
カーテンを閉め切った花折の家は、数日前に訪れたときと何ら変わりなど無い筈なのに、通夜のような重苦しさが立ち込めていた。夕焼けに染まる壁が、まるで血をぶち撒けたように不吉さを放って見える。
俺は遠慮なく門を開けて家のドアの前に立つ。ノブを握ると、鍵は開いていた。小さな声で「おじゃまします」と吐き出すと俺は家へと上がりこんだ。
照明のついていない部屋で、花折の母親は一人、呆然とソファに座り込んでいた。視線は定まらず、只中空を見上げる瞳は洞穴のように広がるばかりだ。
「あんた……」
「私の子が……また居なくなった」
彼女は視線を宙に漂わせたまま、口だけを陸に打ち上げられた魚のように動かす。
「私の子……可愛い子……」
「花折の事を覚えているのか!?」
俺は彼女に駆け寄ると強く肩を揺する。だが彼女は俺に視線を合わせる事無く、壊れた人形のように同じことを呟き続ける。白樺の枝のように華奢な手が弱弱しく胸元から銀の鎖を引き出して、そこに確固たる何かがあるかのように、先に付いたペンダントトップの形をなぞった。俺はその飾りに目が釘付けになる。
「……やっぱり……!」
彼女は空虚な瞳で俺を見返した。
「なあに?」
「……それ」
疑いが確信に変わる。彼女の胸元にひっそりと掲げられた、その銀のネックレスが物語っていた。
「信じらんねえが……あんた」
そこで俺は大声と共に胸に掌を水平に当てた。
「我々は!」
「「××××人ダ!!」」
言葉が二重に重なって部屋に響いた。おおよそ人間が出せない音を口から出したのは、俺と――花折の母親。彼女も立ち上がりぴしりと伸ばした手刀を胸元に当てるポーズを取っている。戦場で同士討ちを避けるためにまず最初に叩き込まれる、我々同士の暗号振動音(サイン)。
「――あぁ、やっと気付いた?」
彼女は少女のような顔を歪めて、掲げた手をそっと下ろした。その目には、先ほどまでの虚ろは消え、懐かしいとさえ感じるほどにぎらぎらとした輝きだけが、粘度の高い油のように煌いていた。
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