僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 11

 次の日、再び花折は学校を休んだ。

 ついには仮病か、そんなに俺に会いたく無いのか。拒んだのは自分の癖にそんな事を思い沈みながら、俺は空いた机をちらりと流し見た。朝の出欠確認で高岡教員に至っては花折の直前で僅かに眉を顰め、名前をすっ飛ばす始末だ。

 一昨日しっかりと休んでいたくせになどと呆れながらも、もう配付データも無さそうだったのでその日はもう見舞いに行くこともしなかった。そもそも合わす顔もなかった。

 それから三日経っても花折は学校に出てこなかった。俺はもう関わらない方が良いと判断していた以上、迂闊に心配してまた見舞いに行くのも躊躇われて静観を通した。

 自分が最大の過ちを犯したのはこの時だった。

異変に気がついたのは四日後だった。朝自席に座ると何か足りない。周りを見渡して気付く。

 花折の席が無い。

「え……?」

意識せずに喉を通った疑問符。だが、机のあったはずの空間を、クラスメイト達は何ら気にせずに通り抜けている。ぽっかりと歯抜けのように空いたスペースが異様に膨れて俺の目に映った。

流石におかしい、俺は丁度席についた隣の生徒に声を掛ける。

「なあ」

そいつは最初自分に声を掛けてきたのだと気付いてもいないようだった。再度声をかけると驚いたように俺を見る。俺から人に話しかけることなど本の返却催促ぐらいだから当然といえば当然か。

「そこに机があった奴、何かあったのか?」

「は?」

 彼の視線は俺の指の先を辿って、やっと空いた空間を見つけた。そして目を瞬かせる。

 そう、その顔は、本当に、新鮮な驚きに満ちていた。

「あれ、なんであそこ間空けてるんだ?」

 俺の質問の答えに全くなっていない、間の抜けた声。

「いや、あそこは花……征木の席だろ」

 怪訝な顔をして、咀嚼するように彼はマサキの名を噛み砕く。

「マサキ……誰だっけ、それ?」

 その時の俺の顔は、相当恐ろしかったのだろう。彼は短い悲鳴を飲み込んで、丁度良いタイミングで教室に入ってきた高岡教員へと、自然に視線をスライドさせた。朝礼、そして出欠を取る高岡教員の声を注意深く聞く。もう初日に感じた、征木の番号の手前での、立ち止まるようなもどかしさは感じられない。

 花折は、その時既にもう、学校から消えていた。

 エアーポケットのような机一個分の空白を誰もが感知することなく、学校生活は平穏に流れていった。只一人、俺を除いて。

 終礼のチャイムが鳴るや否や、俺は高岡教員に駆け寄った。

「なんだ?私は部活を見に行かなければいけないんだが……」

 ジャージに身を包んだ彼女にほんの数分でいいからと頼み込む。

「何点か確認したいことがあるんです」

「なんだ?」

 腕を組んだ高岡教員が真っすぐに俺の目を見つめてくる。

「このクラスって何人でしたっけ?」

「ああ?毎日出欠取ってるだろう。三十九人だ」

 違う、花折を足してこのクラスは四十人編成だ。

「出席簿を確認させてもらっていいですか?」

 高岡教員は面倒そうに教材端末のディスプレイを俺に向けた。その名簿からは、二十三番征木花折の名前が抜け落ちていた。

「征木という生徒を知っていますか?」

「……?いや、この学年には居なかったと思うが」

 征木花折は存在しない。俺は視界が真っ黒に塗りつぶされたかのような衝撃を受けた。

 今なら高岡教員の気持ちがわかる。一人だけ置いていかれたように記憶を抱えている事の不安定さ。思わず自分も混ぜてくれと放り出したくなる程の、たった一人の存在の重み。

「そうですか。ありがとうございました」

「ああ、お前も部活動があるんじゃないのか?発足したばかりである以上、そして仮にも私が仮顧問である手前、部室に行くぐらいはしておいて欲しいんだけどね」

「フシギクラブの事、覚えているんですか!?ハルカの調査の事も?」

 掴み掛からんばかりの勢いの俺に、高岡教員は数歩後ずさる。

「当たり前じゃないか、つい先週認可したばかりなのに」

「じゃあ、部活発足の時の事も!?」

「待て待て!覚えているに決まっているだろう!あの時申請書を持ってお前が……?」

 彼女はそこで、初めて言葉を言い淀んだ。端末を操作して申請書データを呼び出す。

「そう、部長がお前で……」 

 彼女の記憶に、小さな小さな罅が入る音を聞いた気がした。

「おかしいな……何故これが認可されている……?」

 そこに写った書面には、加賀未散一人分の名前しかなかった。だが学校の電子印は承認欄にしっかりと捺印されている。

 部活発足申請書には、最低部長、副部長の二人の生徒を明記しなければいけない。そうしなければ提出することすら出来ない。だからこの書面は、存在しないはずのものだった。

「なんだ?システムの不具合か?」

 高岡教員はまるで原始人のように何度か端末を振って中の書面を確かめる。

「もういいです」

 手を伸ばしてその端末の画面を切ると、俺は薄ら寒い笑顔を浮かべてお辞儀をした。

「先生待っててくださいよ。神隠しの件、ちゃんと報告するんで。それまではこの部活潰さないでください」

「あ……あぁ。頼むよ、あんな事を頼める生徒はお前くらいしかいないんだ」

 初めて見せた俺の殊勝な態度に、高岡教員はばつが悪そうな表情のまま同じ高さにある肩を軽く叩く。 

 今まさに、二度目の神隠しが起きていることに気付きもしないまま。 

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