僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 10
次の日俺は、花折と顔を突き合わせる事への気まずさから朝礼ギリギリに教室へと駆け込み、休み時間は図書室のカウンターを陣取って時間を潰した。珠洲さんに「ここはシェルターじゃないんだよ」とやんわり諭されたのが耳に痛かった。
だがその回避行動も実を結ばず、放課後になると花折は帰宅や部活へとざわつくクラスメイトの間を縫って俺に歩み寄り、何時もと全く変わらぬ調子で笑いかけてきた。
「昨日はありがとう」
俺は微かに顔を上げて花折の顔を伺うと、すぐに図書室から持ち出した本へと視線を戻す。
「っ……ごめんね、未散が悪いんじゃないのにあんなに怒鳴って」
花折は戸惑うように指を揺らす。いつものように俺の前の席の椅子に座ることもしない。
「そうだ!休み時間の内にクラスの何人かに神隠しの事聞いてみたんだけど、みんな知らないんだって。なんか逆に興味持たれて聞かれちゃった。あはは」
「あのな」
俺が顔を上げると、花折がぱっと顔を輝かせた。
「もう、茶番は終わりだ」
幼い顔が凍りつく。
ちくりと、胸が痛んだ。
「……え?」
静かに言い放った俺を、呆けた顔で花折は見返す。
「十分楽しめただろ?」
少なくとも、つまらないと流れた涙は、もう乾いただろう?
俺も楽しかったよ。あぁ楽しかった。だけど、花折の母親からあんな言葉をかけられて、花折を心配している姿を見せ付けられて、流石に俺もこのままでいいとは思っていない。
「ねえ未散。変だよ?どうしたの……?」
花折が俺の肩を掴んだ。俺は反射的にその手を弾く。これ以上花折に関わりたくなかった。積み上げても積み上げても、いつかはそれを崩さなくてはいけない日が来る。
それに、俺は気付いてしまったから。
「っ……未散?」
揺れる虹彩。プリズムのように乱反射する感情。
「クラブとか勝手に盛り上がって、俺はそこまで付き合いきれねーよ。図書委員も既にやってて内申点は足りてるから、もう放っておいてくれないか?」
目つきの悪い自分のことだ、さぞ周りから見たら剣呑な視線を飛ばしていたことだろう。だが、驚くべきことに俺の物騒な顔を怯む事無く睨み返して、花折は声を張り上げた。
「未散の嘘吐き!馬鹿!未散だって僕と同じじゃないか!」
虚を突かれた。これでは昨日と同じ流れになってしまう。俺は花折を凝視したが、怒りを滲ませながらも綺麗に陽光を弾く瞳はそれ以上を語らなかった。
「もういい、僕が探し出してみせるから!」
花折はそう言い放つと少し離れた所でざわつくクラスメイト達へと近づいていく。
「ねえ、聞きたいことがあるんだ」
「止めとけって!」
俺の制止も無視して花折はクラスメイトに神隠しの事を、消えたハルカの事を聞いて回っている。あれだけ周囲の目を気にして“変な事”を言わないようにしていた花折が、どうしてそこまで意固地になっているのか俺には分からなかった。
「くそっ、じゃあもう勝手にしろ!」
なぜだろう、酷く自分の言い捨てた言葉が、負け犬の遠吠え染みていたのは。結局俺は図書室へと閉じ篭るべく、花折を放って教室を後にした。
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