僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 09

 帰り道は憂鬱で、頭の中はこの短時間にあった色々な情報で渦を巻いていた。本の内容なら何百冊詰め込もうと漣一つ立たないのに、人の感情が付与されたデータは何故これだけ処理に難儀するのだろう。

 時間を置く必要があると思った。

 実際テスト期間中に出来立てのクラブが活動しまくるというのもイメージが悪いし、高岡教員の話も急ぎではない。すでに事件から一年以上経っているのだから。

 重い足を引き摺って家へと辿り着くと、回転椅子に音を立てて座り込む。

 頭が痛い。色々な要素が軋みあって思考領域(ソフトウェア)が破裂しそうだ。俺は額を押さえながらデスクに鎮座するモニターを睨み付けた。液晶に指を押し当てて我々・comにログインする。

 同時に画面を埋め尽くす赤いポップアップ。血の泡のように浮き上がるウィンドウには、どれも本の情報送信を怠っている俺への催促だ。中には次回の賞与――仕送りの不払いを臭わせる警告(アラート)もある。

「どうしろってんだよ……」

 俺は頭を抱え、ちらりとサイドに掛けられた白いヘッドフォンを見た。簡単だ、これを耳に押し当てて、頭蓋に収まった情報を母艦へと送付する。それで全ては解決。報告遅延なんて僅かなペナルティだ。数パーセントの給与カットぐらいだ――そうならどれだけいいだろうか。だがきっと、それだけでは済まない。

 情報送信の際に、確実に俺の記憶も母艦に読み取られているはずだ。貴方のアプリの利用状況を収集しますと言って、端末情報まで吸い取られるのと同じ。

 そうすればあのオーロラを造り出した事の詳細もばれてしまう。花折との探偵ごっこもすべて筒抜けになり、確実に。

「排除容認対象の記憶削除及び、潜伏場所の移転もしくは任務内容の変更を命じられる……」

 自分の危険因子っぷりを重々承知しているからこそ、その予想はほぼ現実のように俺に認識された。

「まずい……まずい……」

 悪い癖で、感情が高ぶると意識せずに声として思考を出力(アウトプット)してしまう。その音を聞いて、俺は傍と気付いた。

 何が、まずいんだ?

 さらに我々に警戒を強められること?

 そんなこと今更問題にもなりはしない。

 嫌々やっている任務を変更されること?

 むしろ願ったり叶ったりだ、もう珠洲さんと読書談義できないのが少し寂しいが。

 潜伏場所の移転?

 それは……少し嫌な気がする。

何故?何故だ?何を俺を嫌がってるんだ?

「花折と、クラブ活動ができなくなること……?」

 そう、答えは、もう会えなくなるからだ。

「そうか……」

 花折の記憶が消去されること。

 それが今の俺の思考領域(ソフトウェア)の大部分を占める懸案事項だった。

 消して欲しくなかった。消されるべき物であると判断されたくなかった。

 だってそうなったら。

 俺はもう、花折と話すことも出来ない。

 あの時、邪な殺人欲求から始まった戯れが、俺に初めて興味の対象をもたらした。気付けば殺したいなどと微塵も思えなくなっていた。たかが地球人の一個体に。

「俺は、弱くなったのか……」

 たった一人の、地球人を失うことに耐えられないくらいに。 

 辿り着いた答えは二十年間一人が楽だと格好つけて皮肉に笑っていた、自分のプライドを粉々にするには十分な衝撃となって俺の心を襲った。

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