僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 06
初めて地球人の家に行く。そのタスクは想像以上に俺に緊張をもたらしているらしい。上手く感情を顔に伝達することが出来ていない。俺は固まる表情パーツを手で解しながら、端末に表示される征木家へと向っていた。
本来なら行くつもりは無かった。だが、終業のホームルーム後に高岡教員に呼び立てられ、今ではあまり見かけなくなった小型記憶媒体を渡された時にやっと、自分が花折を“お見舞い”しなければいけないと知ったのだ。
入っているのは夏前の試験のテスト範囲、校内に居なければ端末にコピーされないデータを、直接持っていってくれという依頼だった。
「俺が、地球人の家に行くことになるなんてな……」
ヒグラシの鳴き声に鼓膜を揺らされながらぽつりと呟く。
それがどんな場所なのかは知っている。地球人の家族が皆で暮らす場所だ。単独で棲みかを持っていた自分たちとは違う“家”というものを、最初は群れなければ生きていけないのかと鼻で笑ったものだった。だが下校途中に空いた窓の隙間から漂ってくる魚を焼く匂いだとか、灯台のように暖かな光を放つ玄関の明かりだとかを何度も何度も見ているうちに、戦いに明け暮れて生死の境目の曖昧な生活をしていた我々と違って、地球人は誰かの待つ家が在っても大丈夫なのだろうなと感じるようになっていた。
「えっと、ここか……」
白い塀に囲まれた、周りの家々と変わらない没個性的な家屋。田舎な事もあり結構な広さで、花の多く咲いている庭には、さらに洗濯物を干すスペースまで用意されている。
頭の中で、地球人の家に入るときのマニュアルを高速再生しながら、俺はとりあえず“①玄関のチャイムを押す”を実行した。
『はい』
女性の声。俺の緊張が極限まで高まる。ええっとなんて言えば良かったのか。俺は限界まで稼動を高める
「加賀と申します。花折君のクラスメイトで、学校から配布されるデータを持ってきました」
よし、②の備考に記載されていた、“会いたい相手の名前を折り込むとさらに不審さが薄れ良い”もクリアした。
『あら、今開けますわ』
俺はどきどきしながら玄関の戸が開くのを待つ。
「わざわざごめんなさいね」
扉が開き、一人の女性が姿を見せた。
「どうぞ、入っていらっしゃい」
とても高校生の息子がいるとは思えない、若々しい母親だった。白い陶磁のような肌と、色素の薄い髪が花折の受け継いだ遺伝情報を強く感じさせる。肩の辺りで切り揃えられた髪がふわりと揺れ、光に透けてベールのように彼女の輪郭をおぼろげに暈す。
「おじゃまします」
俺は門扉を押して中へと踏み入った。
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