僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 05

「加賀君……それ君が間違ってるよ」

 珠洲さんは返却図書を分別する手は止めずに、半眼で俺を見つめる。

「そうですか?」  

 溜息をつく珠洲さん。

「だって考えてみてよ、同じ状況で私が君に傘貸してさ、濡れ鼠になりながら付いて来られたら嫌でしょ?」

「俺は珠洲さんから傘借りたりしないですよ。ってかまず俺風邪引かないし」

「あ~~~~……その何処から来てるのか分からない確信は置いといて……征木君も大変ねー。加賀君がここまでだとは思わなかったわ」

「はあ」

 俺は返却遅延の発生している図書の一覧を作成しながら生返事する。

「加賀君ってほんとに友達付き合いっていうか、人付き合いに疎かったんだねー」

「……そうかもしれません」

 一覧を元に、貸し出しカードに登録された連絡先アドレスへと催促メールを飛ばす。最後は今回の催促で既にブラックリスト条件に該当してしまった使用者の、貸し出しカードの登録解除だ。

「そういえば話は変わるんですけど、珠洲さんはこの学校で神隠しに遭った“ハルカ”って知ってますか?」 

 俺がその話題を振った瞬間、珠洲さんの瞳が見開かれて、薄紅色の虹彩が殆ど透明に近い色にまで失われた。

「加賀君っ!」

 珠洲さんがそのままの顔でにじり寄ってくる。

「どこで……それを聞いたの?」

「えっと…………ちょっとその手の話が好きな奴から」

 その迫力につい高岡教員の事を言いそうになったが、なんとか咽元に留める。

「ちゃんと、聞いた相手が居るのね?」

 珠洲さん、距離が近い。俺の視界に【WARNING】の赤い文字。わかってる、わかってるからと、俺は自分の外殻ハードウェアに言い聞かせる。必死に頷くと珠洲さんはやっと離れて隣の席に座った。

「あんまりその話、人にしちゃ駄目だよ」

「すいません」

 俺が謝ると、珠洲さんはやっと「言い過ぎたね」と苦笑して緊張感を緩めた。

「去年の卒業式に三年生が消えたって怪談でしょ?私その時一年生だったから、ちょっと話題になったんだよね」

 怪談という言葉が引っ掛かった。もはや現実では無い、彼岸の出来事だというカテゴライズ。の割には、直近の出来事過ぎやしないだろうか。

「結構有名な話なんですか?」

「ううん、全然。下の子達には殆ど伝わってないもん。っていうか伝えてない」

「なぜ?」

「――伝えたくないから」

 珠洲さんは、珊瑚色の唇を微かに開いて、まるで四方に聞き耳でも立てられているかのような小さな声で囁いた。

「神隠しを大々的に広めたり、周りを巻き込むような調べ方をするとね、自分も神隠しにあっちゃうんだって」

 俺は無言でその言葉を咀嚼した。

「実際にあったんですか?」

「それが分からないから怖いんじゃない。だって神隠しにあったら、周りの人たちがその人のことを忘れちゃうんだよ」

 そう言って彼女は肩をぎゅっと抱く。

「でも、普通消えても家族だって居るし、学校は生徒情報をデジタルデータで管理してる。そんな簡単に人一人消せる訳がない。でも、神隠しにあったときに在校してた生徒は頑なにそれを人に話さない」

「それは……不思議ですね」

 普通なら、面白半分に騒ぎ立てたり調べる人間が居るはずだ。

「…………ああなるほど」

 俺はそこで気付いた。

「騒いだ人間や、調べた人間が一切居ない事が逆に不自然なんですね」

「そう。それが神隠しは伝染するっていう噂の信憑性なのよ」

 噂が立たないことが噂になって、何時しかタブーと化す。広まることを阻害する要因を持つ、矛盾した噂。

「だから、その頃学校に居なかった筈の、二年生の加賀君がそんな言葉を出したことに吃驚しちゃって」

 俺はリストの登録解除を終わらせると「貴重な情報ありがとうございました」と立ち上がった。

「いいよいいよ、もう加賀君知ってたし、まあ知ってる人に言う分にはセーフよね。それにしても本当に加賀君は仕事速いねー」

 作成されたデータを確かめて珠洲さんは厄介な仕事が片付いたと喜んでいる。

「今日は貸し出し終了まで入れなくてすいません」

 椅子の脇にあった鞄を取り出して中身を確かめる。

「大丈夫だよ、明洛西の図書委員は層が厚いから!加賀君ぐらいできる子は少ないけど」

「ありがとうございます」

 俺は笑ったつもりだったが、珠洲さんはそう見えなかったらしい。親のように心配げな目で俺を見た。

「もう……お見舞いくらいで緊張しすぎでしょ」

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