僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 03

 何が最悪って、この状況全てがだ。

 俺が放課後に初の活動だと息巻く花折に引っ立てられるように連れて行かれた先は、長い間使われていないと一目で分かる物置部屋だった。

データ化することさえも諦められ放置された、黄色く変色した書類が壁のスチール棚に雑然と並べられ、床も半分近くが同じように書類が詰められたダンボールで埋まっている。一体何時から置かれていたのだろうか。

「ここだったら、好きに使って良いってさ」

 花折はそこかしこに積もる埃を手で叩きながら錆付いたパイプ椅子を出してきた。例外なくダンボールが積まれてはいるが、机らしきものもある。俺はとりあえず腕が抜けるほど重いダンボールを持ち上げては部屋の端に積んで机を発掘した。

「まずは掃除だね」

 日光で退色したカーテンを掻き分けて花折が窓を開け放つと、長い間閉じ込められていた空気が勢い良く抜けていった。

「お前これ……」

 完全に、厄介者扱いされてるだろ。と言いたくなったがそれは止めた。それでは悩みに悩んでこの活動を承認してくれた教師達に余りに失礼ではないか。

「顧問が来る前に部屋だけでも整えておかないとね」

 二人でひたすらに部屋を片付ける。といっても適当に置かれていたダンボール達を端に積み上げて床を掃き、机と椅子に積もる埃を取り払った程度だが。

 何とか座って話ができるスペースが確保された頃、俺は部屋の隅から出てきた古い人体模型に絶叫を上げる花折に問う。

「そういえば、部活の顧問って……」

 その言葉を、ガラリとサッシを擦る音が打ち消した。

「おーおー懐かしい。こいつはマルオ君じゃない。こんなところでかくれんぼしてるとはねー」

 その人物は、劣化し罅割れて不気味さを増す人体模型に片手を挙げて挨拶する。入ってきたのは、この学校最大の俺の天敵だった。

「あっ……アンタ、ソフト部の顧問じゃなかったのかよ……!!」

 その事実が俺を安心させていた。だからその可能性を全く予期していなかった。

「馬鹿め、私は既に二つの部活の顧問を兼務をしている!ここは兼々部よ!」

 そう言い切ったのは、長身でスレンダーな肢体を野暮ったいジャージで覆い隠した、高岡教員だった。

「と、いうかまだ実際は仮顧問なんだけどね。結果次第だったら顧問になんないし」

「ええ!?先生話が違いますよー!」

 おろおろと駆け寄る花折の頭頂部を易々と上から押さえつけ、高岡教員が不敵に笑った。俺は訳が分からずに目を丸くする。 

「喜んで。フシギクラブ初の依頼よ」

 俺は肩を落としてパイプ椅子に座り込んだ。花折は高岡教員に俺の向かいの椅子を勧める。

「なるほどね……事前準備ってこういうことかよ花折……」

「うーん、ちょっと予定と違うんだけど」

 眉を下げて花折は笑いながら、小さな机を挟み物騒面で睨み合う俺と高岡教員を交互に見た。

「で、何なんなんすか依頼って」

 高岡教員は無駄に長い足を組み替えて話し始めた。

「探して欲しい人がいるの」

「誰だ?初恋の相手か?」

 そんなもん不思議でもなんでもねーだろと思いながらペットボトルのお茶を一口飲む。この部屋に茶器など無いので勿論各自持参だ。

「阿呆か。この学校の生徒よ」

「だったら尚更簡単じゃないっすか。教員ならデータ閲覧権限もあるし――失踪なら警察の出番だ」

 花折が冷や冷やしながら俺に視線を向けているのが分かる。だが知らん。

「その通り。でもその子が、学校内で、その存在ごと消えたとしたら?」

「消えた……?」

 高岡教員が紅一つ引いていない唇で、ペットボトルからストレートティーを飲む。夏休み前のこの時期は、夏季休暇を設ける地球の学校制度に大いに納得してしまうほどに暑い。

「神隠し、生徒たちはそう呼んでいる」

 その言葉に、場の空気が数度下がった気がした。以前花折に掲示板の記事を見せられたときと同じ。胃の中に、氷をそっと落とし込まれたような気分。

 日常から、半歩踏み外した感覚。

「神隠し……ね」

 同時に浮かんでいたのは“キャトルミューティレーション”という事象だった。これも“ミステリーサークル”と並ぶ死語で、俺たちが地球に降下した二十年以上前に流行った言葉だ。

 宇宙人が地球の生物を調査するために家畜や人を攫う。急に真っ暗な空からUFOが現れ、照射された光の下に居た生物が吸い上げられるというオカルト現象。それが日本では古来からある怪異現象の“神隠し”と混同されていた事もあったので、俺はついその言葉を連想してしまったのだ。

 だけどそれはありえない。

「その学生が消えたのは何時だ?」

「去年の卒業式間際よ」

 やっぱり。確かに俺たちはこの星に降下するにあたり“キャトルミューティレーション”を行った。今こうして活動するための身体――外殻ハードウェアが必要だったからだ。もちろん攫ってきた人間の身体をそのまま乗っ取る程外道なことはしていない。俺たちの目的は、地球人の身体データを取って、そこから自分達の魂を移した思考領域ソフトウェアを格納できる外殻ハードウェアを作り出すことにあった。データ収集し終えた地球人は、感謝の意を込めてありとあらゆる不具合――病気や怪我を治療した上で地上にお返ししていた。

 だがそれも二十年以上前の話だ。一年前にはありえないし、第一攫った相手からの情報収集など一週間もあれば終わる。

「名前は?」

「ハルカ。苗字は忘れたわ」

「忘れた?この学校の生徒なのに?」

 花折が目を丸くする。その反応に、気まずさを感じたのか流石の高岡教員も視線を机の木目へと落とす。

「ええ……大体、私以外の教師は彼の名前どころかその存在すらもう覚えていない」

「そんな……在籍データや役所の住民データは?」

「もう無いの」

「もうって事は見た記憶はあるんですか?」

「わからない……酷く、あの頃の記憶が曖昧なんだ」

「アンタ、自分がえらくおかしい事を口走ってるのは理解してるよな?」

 暑さで頭がいかれたのか、と俺はレンズの奥の切れ長の瞳を覗き込む。

「……正直、私も本当に自分が正しいのかわからない」

 俯く高岡教員はしおらしく自信無さ気で、俺はその事の方がよっぽど恐ろしかった。だが花折にとってはそうではないらしい。

「きっと居ますよ!先生、そんな弱気でどうするんですか」

 花折は菫がかって輝く瞳で、真っ直ぐに高岡教員を見つめていた。

「先生が、探したいって、その存在を信じたいって思う生徒さんなんでしょう?なら僕は少なくとも信じます。もちろん未散も信じます!だって僕等は実際に信じられないものを見つけ出したんですから!」

 何勝手に言ってるんだこいつは。だが、そう水を差すほど俺も空気の読めない宇宙人ではない。

「何でもいいので、その生徒さんの事教えてください」

 その言葉に勇気付けられたのか、高岡教員は面を上げて頷いた。細いフレームの眼鏡越しに覗く瞳が、僅かに潤んでいる。

「断片的だけど、覚えていることを伝えるわ」

 そう言って、たどたどしく高岡教員の話が始まった。

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