僕が何に殺されそうなのかを、君は知らないまま 02

 都会へと繋がる唯一の街の連絡口、明洛駅。チェーン店系の看板を唯一この街で拝むことができる場所だ。

「駅周りまで来るのは久しぶりだよ。ミスド行こう未散!」

「……俺はケンタがいい」

 そんな中、俺と花折はビタミンカラーの看板を指差しながら入る店でひと悶着していた。

「未散がどーしても欲しい本があるって言うから、わざわざ駅前まで着いてきたのに!」

「いや、俺着いて来いとか頼んでないし。もーいいだろケンタで、甘いもんもあるし」

「それを言うならミスドにもしょっぱいものあるじゃん!?」

「肉がねえ」

 しょうもない事を言い合いながら結局はミスドへと入る。

 俺はいつのまにか、学校の外でも花折と過ごすようになっていた。あの日オーロラを造り出し、晴れて花折が削除容認対象になった今、いつでも花折を殺そうと思えば殺すことはできた。それでも、俺は花折を殺していなかった。

「そういえば、未散に見せたいものがあるんだ」

 レモンイエローのプレートからツナパイを取り上げて齧りついた俺の目の前に、花折がB5サイズの学習用端末を突きつけた。咀嚼し飲み込むまでの間でそこに記載された文字を読み取り、俺はそこに表示されたものが信じられずにその文字を声として出力アウトプットする。

「部活動登録申請書――ここに以下の生徒主体による学校での課外活動を認める……!?」

 以下の部分には、花折と俺の名前がしっかりと記載されていた。しかも部活名が、

「フシギクラブ……ってお前よくこんなだっさい名前で申請したな!」

 いやそこではない、俺がつっこむべきはそこではない筈だ。

「なんで勝手に活動申請!?しかも通ってるし!」

 激しいつっこみに周りの席の視線が刺さる。俺は落ち着こうと紙コップのストローを噛み締めた。あの夜のグラウンドで花折が言っていた“決めている事”とはどうやらこれだったらしい。

「いやあ案外許可されるものだよね!やっぱり先に顧問を引き受けてくれる人を見つけてたのが大きかったのかな?」

 花折は上機嫌でドーナツをぱくついているが、俺は心中穏やかではない。

 問題は、その活動内容。

「……何だよこの、日常の不思議解決しますって?」

「ん?ほらこの前のもさ、何てことは無い掲示板の書き込みから始まったでしょ?だから僕達でね、そういう不思議な事をもっと見つけようって!あっ、もちろん依頼も受けるけどね」

「いや来ねえだろ依頼とか」

「それがもう先約ありなんだなーこれが」

 快活に笑った花折は「事前準備って大事だよね」と謎の呟きを発していた。


「あー美味しかった!しかも百円の日だったし、良かったよね!……ん、何?」

 満足そうに自動ドアから出た花折は、ざわざわと騒がしく人が集まっているのを見つけて目をぱちぱちとさせる。

「おーおーやってるやってる」

 駅前のロータリーの一角に白いワゴンが停まっている。上部には大きな四角いメガホンが最大限に音を撒き散らせる設計で取り付けられており、今もそこから大音量で猛々しい声が垂れ流されていた。

「あーそろそろ選挙のシーズンかー」 

 まだ選挙権を持たない花折は特に興味無さ気にワゴンを囲む人だかりを避けて進む。俺は壇上に立って拳を握りしめる演説者を横目に見て、ほうっと溜め息を付いた。建前に塗れた演説者の言葉に思わず感銘を受ける。言っていることは後々確証を取りにくいほどにどうとでも受け取れ、否定なのか肯定なのか分からない絶妙の顎の引き方は尊敬に値する。きっと今夜の我々.comのチャットルームでは、今回の選挙で当選した政治家がどのくらい物事を先延ばしにすることができるかを熱く議論するのだろう。

 相変わらず、地球は平和だ。


 その夜、選挙演説なんて見たからだろうか。俺は昔の夢を見た。

もう埃を被って久しい記憶。

平和さに憧れて、我々が初めて行った選挙は、猿真似もいいところの出来栄えだった。

「どういうことだよ!?なんで!お前まで!!」

 俺は第二位セカンドに烈火のごとく掴み掛かろうとしたが、周りの総帥がよってたかって俺の動きを止めた。

「いけませんな。自分がどちらに投票したかを分かるような素振りを見せては」

「あくまでもこの結果がトップ三人の総意だ」

 俺の叫びにトップの二人はやれやれといった顔だ。

「お前等……嵌めやがったな」

 母星を自身の手で滅ぼし失った我々。自分達の存在に疑問を持ち出している者が居る事にも気付いていた。だが俺は新しく母星にできる惑星を見つけ、その星を完膚なきまでに侵略し制圧すればそんな杞憂など取り払えると思っていたのだ。

 まさか新しく生存できる星まで、滅ぼすことを恐れる者がいるだなんて。

「くっそ――!!この臆病者共が!!我々は戦う種族だ!!滅ぼす種族だ!!他人と馴れ合うような生き方などできないっ!!」

「果たしてそうかのう?」

 俺の言葉を遮って、第一位ファースト触覚器官ラインを持ち上げた。

「少なくとも、この円卓にいるものはそうは思っておらぬよ。なんならば、もう一度票数を増やして決を採るか?」

 その言葉に並々ならぬ自信と、事前の下準備からくる余裕を感じて、俺の触覚器官ラインがわなわなと震える。

 こんな、こんなもの我々ではない。

 謀略を尽くし力を振るわず権力を振るう、こんなやり方。

「どうやら君は今回の決定に対して大きな不満があるようだな。一人でも戦い出しそうな勢いだ」

「困りましたな、彼は一人で地球の半分を殲滅できましょう」

「それでは彼は降下させられない」

「では、彼一人を宇宙に置き去りに?」

「いやそれも不安だ」

 勝手に物事が決まっていく。暴力ではなく言の葉で、俺の処遇が決められていく。

 俺は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。理解不能なものに思考を塗り潰されていく恐怖。

 もう止めてくれ。

 その祈りが届いたのか、夢の中で再生されていた記憶はそこでふっつりと途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る