君の背中を、俺は突き落としたい衝動に駆られながら。 12

「どうしたの未散!?もうちょっとで時間になっちゃうよ」

 無言で教室へと戻った俺の後を、花折が慌てた声を上げて追って来る。

「待ってもどうせ何も起こらない。いや、場所は合ってるんだ。……だってあそこぐらいしか……」 

 俺は花折と調査を始めてから得た、パズルピースのような情報を繋ぎあわせようと考え続ける。

 あれは遺棄言語が分かる者、つまり我々へのメッセージ。何らかの理由で伝えられなかった思い。

 じゃあ書いた者はどうして欲しかった?

 誰に読んで欲しかった?

 誰に伝えたかった?

 どうやって、伝えるつもりだった?

 全ての情報が収束し、俺は答えを見つけ出す。

「だけど……」

 その答えには、何の意味も無かった。

 何の救いも無かった。

 何の利益も無かった。

 俺は振り返って花折を見つめる。

 だけど、こいつぐらいなら。

 俺は散々悩んだ末に結論を出した。

「呼ぼう、放課後の錬金術師を」


 教材用端末に掲示板の記事を表示させ、俺は説明を開始した。

「花折、お前の予想は大体当たってたんだ。記事に書いてある通り、特定の時間に特定の場所であの図を広げれば放課後の錬金術の意に沿う事になる」

「ホントに!?」

「ああ――だが、一箇所だけお前は読み飛ばした。あの記事で唯一謎らしい謎になっている部分を」

 俺は問題の部分に赤線を引く。

【準備は顔を水で洗って行え、だが熱には気をつけろ。石さえも灰と化すその熱は消えることは無い】

 いまいち意味の分からない文章だ。俺も投稿者名に箔を付ける為に、儀式めいた下手な文章を付けたぐらいにしか思っていなかった。

「唯一の謎の紐解きらしいところだ。心して聞けよ。これは、化学だ」

「はあ?」

 花折が胡散臭げな顔で俺を見る。

「錬金術師って何者だと思う?」

「あれでしょ、手をパーンて――」

「お前の出典は少年誌ばっかりだなおい。図書室で歴史本読んだだろ?ってか漫画読んでてもわかんだろ。錬金術師は魔法使いじゃない。現代で言うところの化学者だ」 

「しっ……知ってるよー」

 おい、顔が赤いぞ。

「だから、あの文も魔術めいた事じゃなく、化学だと思えばよかったんだよ」

 俺は、書き込みしやすいよう白紙のページに記事をコピペする。

「顔を水で洗え……文面どおりに受け取るんじゃなくて書き換えるんだ。顔は」

 俺は顔の文字の下に、”CaO”と書き記した。

「CaO……酸化カルシウム?」 

 俺は頷くとさらに書き込みを続ける。

「続けて、“水→H2O”だ」

「CaOをH2Oで洗え。酸化カルシウムに水を加えたら、何になる?」

「えっと……熱反応がおきて水酸化カルシウムに――あぁ!」

 そこで花折も気付いたらしい。俺は回答を書き記す。

 CaO+H2O→Ca(OH)2

「石さえも灰と化すその熱は消えることは無い――“石”“灰”“熱”“消える”は化学反応時に発生するもの!そっか、消石灰と熱反応の事だったんだ!」

 その通り、先ほどの高岡教員のご高説がヒントとなった。消石灰=水酸化カルシウム。昨今の学力低下を錬金術師は懸念されていたのか、答えは露骨に文面に潜まされていたのだ。

「しかも俺達はその化学反応をこの目で見てたんだ。化学部に行った日によ」

 化学部南栄部長が言っていた、水酸化カルシウムの精製実験。ぼこぼこと湯気を立てていたビーカーはまさに”熱に気をつけろ”だ。

「じゃあ準備って言うのは、消石灰を利用しろって事?」

 俺は魔法陣を表示させた。

「消石灰、要は白線でこれを描けってことは、おのずとこの学校で描ける場所なんて決まってくる」

「グラウンド、だよね」

 花折は手をぐっと握って勢いづき、それから困ったように眉を寄せた。

「あ……でも、四時四十四分にそれを準備するのって流石に無理じゃない?グラウンドなんて四六時中運動部が使ってるし、そこで線を引いてもすぐに踏まれて消えちゃうよね?」  

 せっかく方法が分かったというのにどんどんと語尾が小さくなる花折。俺は溜息をついて、記事にある四時四十四分を指し示した。 

「放課後の錬金術師っていう言葉に騙されたな。よく見ろ。これは多分、早朝の四時四十四分だ」

 その言葉を聞いて、花折は「えええぇぇぇ~~」と机に突っ伏す。花折の気持ちも分かる。ここだけはノーヒントだ。二十四時間表記になっていない事から推測するしかない。その意図に関しては俺が宇宙人だから分かった部分だ。

「今日の夜十二時。学校のグラウンドに集合な」 

 汚れても良いカッコでさ。俺は花折の頭をぽんと叩いた。

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