君が辿り着くことを願い、俺は思索し画策する 01
畦道でショートカットすれば学校から十分という立地、胡瓜やトマトが豊かに実る畑に囲まれた俺の家はよくあるワンルームマンションだ。残念ながら人間達に不自然に思われないために、平和な一般家庭の記憶を改竄してさも一員かのように振舞ったりとか、他の宇宙人たちと身を寄せ合ってコミュニティを形成したりなどということはしていない。
なぜなら今時ガキが一人で住んでいることなど、珍しくもなんともないからだ。
程々に足の踏み場が残る散らかった部屋。俺は帰るなり壁際に据え付けられたスチールデスクの上に鎮座する一体型パソコンのディスプレイに触れた。予めスタンバイ状態だったので液晶には直ぐにデスクトップ画面が表示される。タッチパネル式の液晶を操作して我々専用のSNS――身も蓋もない名前だが”我々・com”にアクセスし、ログインボタンに指を当てた。液晶に搭載された指紋認証インターフェースが俺の指をスキャンし、トップページが表示される。
ハンドルネーム・チルチル(童話の青い鳥から拝借した)こと加賀未散の個人トップページには、テーブル脇に転がるペットボトル飲料のおまけだったキーホルダーがサムネイルとして表示されている。間抜けな顔した、饅頭のように丸い黒兎のあおり写真は、思っていた以上に不気味だ。
ここが、物質世界で接触を持つことを避けた結果得た、電脳世界上の我々のパーフェクトワールド。我々だけが持つ特殊なパターン模様を指に彫り付けておき、それを利用してSNSにサインインすることで個体識別、ひいては生存確認すら対面せずに行うことができるという素晴らしき管理ツールだ。そこまで完璧に生体情報でログイン認証を行いながら、プロフィールに記載するのはハンドルネームでいいというのは、どれだけお互いの面が割れるのが嫌なのか。
「新着記事、メッセージ共に無しっと」
Facebook等とぱっと見変わらないシンプルな画面構成。違う所といえばサイドバーに列挙されている各国の軍事・政治情勢などが、決して一般人が知ってはいけない程度の詳しさであるくらいだろうか。某国で暗殺未遂やら、某国で化学兵器の精製に成功やら、まったく騒がしい事だ。
「チルチルは今日も元気でした。っと」
俺を熱烈な視線で監視するフォロワー達よ、こんな毒にも薬にもならない一言で今夜も踊り狂うと良い。
ショートメッセージが更新される。そのサムネイルの下には俺の
我々は地球で暮らすにあたり、各々が任務を負う事を義務とされている。任務の内容は地球人にその存在を知られないための火消し仕事だったり、先住民である地球人を知るための任務だったり、我々のコミュニティを維持するための事務仕事だったりと様々だ。
その任務内容を各々の適性を考慮して割り振っているのは、我々を統括する母船に搭載された
我々が欲したのは、地球に降下する我々という種族を維持管理していくためのシステム。その為に戦術演算するために使用していた艦内のシステムは急ピッチでその大部分を改変され、今の
だが所詮元は戦闘用に特化されたシステム。どうやら繊細な人事管理には向いていなかったらしく、たまに見当違いだったり明らかにおかしな指示や任務を弾き出す。まあケースとしては無害なものばかりなので、今のところはしょうがないと割り切られているが、その最たる外れを引いた俺としては異議を唱えずにはいられない。
俺に出された任務はお空の上のマザー曰く、【思春期の地球人へ供給される書物からの情報収集任務。達成目標百万冊、完遂まで学校を卒業する事あたわず】……おいおいゼロの数がいっこどころか三つは多いぞ、とそんな悪い冗談のような仕事を与えられた俺が、勿論真面目に働ける訳が無い。いや、働こうと思える筈がない。それでも頑張っては見たが、高校二十年生にして未だに累計冊数は三十万程度。しかも最初の頃こそ授業にも出ずに図書館で本ばかり読み漁っていられたが、すぐに
「それにしても、放課後の錬金術師ねえ……」
だっせえ名前。俺は呟きながらそのセンスの欠片もない語句でSNS内のニュース検索を掛けた。
ヒット無し。
「ふうむ……」
背もたれが軋むほど仰け反って俺は唸る。
どうやらあの掲示板の記事の存在は、我々の中では一年半経った今でも、口の端にも上っていないらしい。まあ掲載されたのがローカルネットワーク、要は閉域網だったのだから見落とされていてもしょうがない。しかも問題となっているのは添付されていた画像だ。あれを見つけるには目視確認しか方法は無い。
「でもなあ……狙いすぎだろこれは……」
指で写った画像をそっとなぞる。
あの頃は、これが刻まれた物を
懐かしい――うん、懐かしい。それはそうだ。
これは、俺たちの日常だったもの。俺たちの文化そのもの。
これは、俺たちの文字。もう誰も使わない遺棄言語。
あの紙に書かれていた紋様は、我々の昔使っていた言葉だった。地球人の目に触れたことも何度かある。六十年以上前に地球でも話題に上がっていたと聞く、一夜にして広大な田畑に紋様が刻まれるという怪奇現象として。
「それにしても……征木花折ねえ……」
俺はデスク脇に引っ掛けてあった大き目のヘッドフォンを頭へセットする。耳をすっぽりと覆うごつい造り。卵のように白くつるりと輝く表面。レトロフューチャーの趣を持つ一品だが、列記とした我々近代的な宇宙人の製作物であると言っておこう。
「アーカイブ接続――」
俺の間延びした声は、しかし声紋認証によってしっかりとトリガーとなり
耳に当ててはいるが、その実これは
その目的は、記録共有。地球人の頭部に収まる程度の記憶媒体など限りがある。且つ、
俺は永続的で加工のいらない情報収集という任務の特異性の為に、母船のデータベースへの直接接続機器――この白いヘッドフォンが貸与されていた。というのは建前で、俺を監視するために情報収集の任務を笠に着て、俺の記録どころか記憶まで母船が吸い取っているのではないかというのが目下の俺の疑念なのだが。
取られて困る記憶など無いが、もちろん不快だ。だが書籍の情報送信量に応じて任務達成度を評価され、それに見合った褒章供給、要は地球通貨での給料が払われるという制度がある以上、俺はこのヘッドフォンを装着しない訳にはいかない。
我々などと呼称してはいるものの、俺はその我々とはすでに一線を画しているのだ。
「まあ、いびられてるだけとも言うんけどな……」
俺はアクセス権の付与されている自身の記録兼記憶アーカイブ領域内を走査して、目的のものを見つけ出す。
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