君が辿り着くことを願い、俺は思索し画策する 02

【サンプル名:クラスのしおり】

 来た来た来た、これだ。今年の四月に配られた、クラスメイトの個体識別および相互認識を深めるためのドキュメント。データとして配られたそれを、俺は一冊の本だと強引にカウントして母船にその情報を送信していた。少しでも収集図書の数を増やすため――ひいては給料の為に。

「二十三番だな」

 思考領域ソフトウェア内をスライスされたページが巡り、ぴたりと二十三ページ目で止まる。そこには夕方教室で泣き濡れていた少年が、表情無く俺を淡々と見返していた。どうやらカメラに向って笑えないタイプのようだ。 

 クラスメイト紹介を掲げて配布されたしおりだが、征木花折のプロフィール情報は過剰なまでのプライバシー保護によって散々たる出来だった。個体情報は名前しかない。所属クラブは無し。後は趣味嗜好に関する任意記入項目が並んでいたが、記入されている項目は一つもなかった。趣味が無いのか、愛想が無いのか、書く気が無いのか、クラスで見かける屈託の無い彼のキャラクターから、その答えは導き出せない。

「これは酷い……」

 地球人としての振る舞いを覚えた上でそれなりに埋めた、俺のプロフィールでさえ素晴らしいものに思える程の素っ気無さだ。少しは見習えと説教したくなる。俺のプロフィールに到ってはあれだけ苦労して書いても卒業時にサイクルが回ると全て自動抹消される諸行無常っぷりだというのに。

「本当につまんねえんだなきっと……」

 そう、何もかもがね。写真の花折はそう告げていた。まじまじと俺は花折の白く尖った顎や、癖の無い栗色の髪や、写真では翳ってしまった万華鏡の瞳を見つめた。

 何故だろう、酷く胸が高鳴ってくる。強く期待してしまう。俺はその無表情に、真白なプロフィールに、また誤解しかけていた。

 こいつなら、殺してもいいんじゃないか?と。

 秘匿レベル8。我々の文字を所持している征木花折に対して我々が与える危険度レベルだ。地球降下以来執拗なまでに自らの存在を隠し続けた我々は、意図しない情報漏洩を何よりも嫌う。レベル8なら問答無用で安定生存機構マザーオブグリーンに報告義務が発生し、監視対象となる。

 そして、もう少しレベルが上がれば、あの対象になる絶好の位置取り。

「いや……駄目だ駄目だ」 

 さっきから物騒な事ばかりが思考を端から埋めていく。

 だけどしょうがない。

 俺は、

 我々は、

 そういう生き物なのだから。

「俺は、征木花折を……殺したい」

 我々は、殺戮者だった。

 我々は、破壊者だった。

 本能にたったその二つの欲望だけを刻まれて世に放たれた狂気の獣。それが広大無辺の宇宙空間さえ易々と伝播していった、我々への認識だった。

 そして、我々も自身の存在をそういう生き物であると理解していた。実際その認識に恥じない程度には宇宙に浮かぶ星々を破壊していたし、様々な種族を絶滅させていた。

 自由を求めて戦うのではない。

 正義を振りかざして戦うのではない。

 生き残るために滅ぼすのではない。

 殺されるから殺すのではない。

 ただ、戦うために生きている。

 ただ、殺すために生きている。

 ただ、滅ぼすために生きている。

 そういう、救いの無い生き物が我々だった。

 そんな生き方を種族郎党で貫いた挙句、我々はこの星に来る前に信じられないくらい愚かな戦争を起こした。この星の上でも日々戦いは起こっているが、あの戦争からすれば小競り合いと呼べる程度のものだと、申し訳ないがそう思える。その位、我々は破壊が過ぎた。

 結論を言うと、我々は狂騒狂乱阿鼻叫喚の末に、自分の星を完膚なきまでに破壊してしまったのだ。

 もちろん、全てを失った。我々も流石に反省した。

 だが時既に遅し、零れたミルクは戻らない。還る場所も、戻らない。

 我々は残った母船に乗り込んで、気が遠くなる程長い間宇宙を彷徨い迷った。そして、砂漠から一粒の砂金を摘み上げる程の奇跡が起こる。地球に辿り着いたのだ。

 我々が二千年前一度立ち寄り、あまりに未熟な文明を憐れに思って壊すことも滅ぼす事もしなかった地球という惑星。戯れにナスカと呼ばれる地域に遺した我々の属星印おかげで、奇跡的に地球は他の宇宙人達から狙いたくとも狙えない星となり微々たる発展を遂げていた。二千年も安穏と何の惑星侵略にも遭わずに過ごせる事が、この無限の宇宙であってもどれだけ奇跡的な事か。それすらまだ彼らは知りえない程度の知識レベルだったが、それでも発展は発展だ。

 地球は青々とその美しさを保ってそこに存在していた。我々は狂喜して地球のそこかしこに自身の言語をまず刻んだ。地球人の反応を窺うために。

 すなわち降服か抵抗かを。

 だが地球人は、その問いに答えすら出すことはなかった。元より彼等はお互いに足を引っ張り合い、答えを導き出すことすら出来なかったのだ。

 本音と建前。議論は先延ばし。会議は踊る。何もかもが遅々として進まない。

 日和見主義。そして、易きに流れる。

 しかしその件が大きなきっかけとなり、我々は地球人と今後どう接するかで意見を二分する事となったのだ。

 一方は、本能のままに滅ぼすと。

 一方は、本能を抑え込み学びたいと。

 戦闘と殲滅のみの生き方を貫くか。

 安穏と過ごすための思想を会得するか。

 それまでの我々は、意見の代わりに力を振るって、強い者だけが意思決定権を持つ社会を構築していた。大抵は、我々の中で飛びぬけた戦闘能力を持つトップ3の意思によって、行動は決定される。

 だがその時は、今までと同じ戦闘による方法ではなく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る