last case 正義のヒーロー

目を開く、すぐに見えたのは、心配そうに覗き込む相棒と緑の髪の少女だった。


「ずいぶんと遅いお目覚めだったな」


相棒がホッとした表情で冗談をかます、俺は身体をゆっくりと起こした。

身体の節々が痛むが、先ほどまでの苦痛は嘘のように消え去っている。

白衣の半分を自らの血で染めてしまっている男は、ミクの方で必死に作業をしている、GUMIの左腕がいつの間にか無くなっているが、男の隣に置いてあるものがそれだろうか。


「基盤を流用して応急処置をしているらしい、専門的な話はよく分からないが、ミクは助からないワケではないそうだ」

「あいつ、撃たれてただろ、大丈夫なのか?」


ただでさえ薄汚れてた白衣は血まみれになり、白い部分などほぼ無くなっていた。


「マスターはわたしがいちばんになおしました、ヒーローさん、あとまわしにしてごめんなさい」


GUMIが自慢げに言った後、少し申し訳なさそうな表情をした、コロコロと表情の変わる少女だ。


「GUMI、パンダヒーローさんが終わったらそこのクズも治療してくれ、一応は怪我人なんだ」


男がこちらに顔を向けずに言った、チラリと目をやると、腕が変な方向に曲がったあのチンピラのボスが縄で縛られて転がっていた。


「アイツ、うっかり腕踏みつけたら気を失ってしまった」


相棒が言うが、うっかりと言う言葉にやたらと力が入っているところを見ると、普通にうっかりではないようだ。

GUMIが奴の隣に座り、歌い始める。

聴いた事もない美しいメロディのハミングだ、いや、聴いた事無いなんて事は無いか、どこかで聴いた事がある……そうか、あの時だ。


「異能の反動でブッ倒れた時に、夢を見たんだ」

「へぇ、どんな?」

「いや、詳しく覚えてるわけじゃないんだけどな、何もかも諦めようとする俺によ、俺自身……いや、パンダヒーローが「もっとしっかりしろ、ヒーローらしくしろ」って言うんだ」


そりゃいい夢だなと相棒が笑う、ああ、確かにいい夢だった。


「その夢の中で、あの歌を聴いたんだ、どこか遠くで、心地よく響いてた」


きっと、俺のために歌ってくれていたGUMIの声が、夢の中まで届いていたのだろう。


「……マスター……?」


ミクの声に、一同の動きが止まった。


「miku……僕の事を覚えているのか……?」

「マスター……あなたは、私の、マスター」


男が目に涙を浮かべてミクを抱きしめる、ミクは困ったようにマスターの肩を叩いた。


「マスター、基盤が開いています、ショートしちゃいますよ、泣かないでください」


そう言うミクの声も、次第に震えてきていた、隣にいた相棒はこちらから顔を背けている、案外涙もろい事は既に知っているから、俺はあえて何も言わなかった。


「感動の再会のところ悪いが」


奴の声だ、水を差すとはこの事だ。

声のする方を見ると、切られた縄とGUMIの首元にナイフを押し当てた奴が立っていた。


「ただじゃ帰れねえんだわ、おいパンダヒーロー、そこのメモリを持って来てコイツに手渡せ、何も持たず、異能も発動せずにだ」


例の音響兵器もいつの間にか手にしていた、壊しとくべきだったと相棒が舌打ちした。


「GUMIの安全には変えられない、パンダヒーロー、頼んだ」


男にメモリを投げて渡される、どうやらやるしかないようだ。


「ヘッ、満身創痍のヒーロー相手なら、この程度の武器で充分ってとこだな」


GUMIの動きを音響兵器を持った手で制限しながらももう片方の手に握ったナイフをチラつかせて威嚇する、その腕はそいつに治してもらった腕じゃないのか、恩を仇で返すというのはこの事だろう。


「一つ聞いていいか?」


の距離まで近付いた俺は、奴に問いかけた。


「うるさい、早くしろ、コイツがどうなってもいいのか?」


「……で、何ができるんだ」


金属音を立てて、先ほどまでしっかりと奴の手元の柄に取り付けられていたはずのナイフの刃が、どこかの地面に落ちた。


「お前……異能は使うなって……言っただろ!」


片手に持った金属バットを見た奴が激昂してこちらに音響兵器を向ける、しかし動作が遅すぎる。

俺はバットをもう一度横に振り抜き、音響兵器を破壊した。

至近距離をバットが掠めてGUMIは一瞬首を竦めるが、そのおかげで一瞬奴の拘束が緩む、GUMIはそのチャンスを逃さずにすかさず逃げ出した。


「クソッ! 待て!」


逃げるGUMIの襟首を掴もうとした奴の手を俺がバットで制する。


「待つのはてめぇだ」


GUMIが男の元まで逃げた事を確認すると俺はバットよ先端を奴の鼻先へと向けた。


「GUMIたちに免じて今回は見逃そうと思ってたが、やはりお前はダメだ」


「ま、待て、俺はカサイケンの所属だぞ、俺の身に何かあればどうなるか分かってるのか!?」


カサイケン、聞いた事無い名前だ。


「その組織ってのがどれ程の力を持ってるのかは知らねえが、お前の悪行を見過ごす組織なら俺が潰すまでだ」

「悪行だぁ? 俺はカサイケンの為に、平和のために─」


奴の腹に、金属バットの一撃を叩き込む。

奴は呻き声を上げて無様に崩れ落ちた。


「平和か、女の子を泣かして、助けてくれた人を人質にして、そんな事する野郎が平和を語るか」


バットを肩に担いで奴を見下ろす、すっかり恐怖の色に染まった目で、奴がこちらを見上げた。


「安心しろ─」


─ヒーローは、人を殺したりなんかしねぇ。


狭い路地に、奴の悲鳴が長く響いた。


* * * * *


「君たちは、一体これからどうするつもりなんだ?」


男が訊ねる、作業を終えた俺は振り向いて答えた。


「これまで通り、ヒーローをやるだけさ、お前らはどうするんだ?」

「……僕らは、どこか目立たない場所で、ひっそりと暮らすよ」


両隣に立つミクたちの肩に手を置く、その表情はまるで娘たちを大切に想う父親のようだった。


「まずはmikuとGUMIを元通りにする、その後は……君ほどの事は出来ないが、救える人を救って周るのもいいかもしれない」

「マスター、わたしもmikuちゃんをなおすのをてつだいます」


姉想いのいい子だ、と男が少女の頭を撫でた。


「また、会えるといいですね」


ミクが言う、男とGUMIが同意の意を持って頷いた。


「俺が次お前らに会う時は、お前らがピンチになった時だ……もう会えないぐらいがちょうどいいんだよ」


俺は後ろを向いて大きく伸びをした。

平和とは程遠いこの街は、夜が明けたばかりの今でもたくさんのピンチで溢れていた。


「さぁ、次の仕事だ」

「もう行っちゃうのか、パンダヒーロー」

「ああ、ヒーローに休息の時は無いからな、そうだろ? 相棒」


相棒が呆れた顔で笑った。


「そうだな、でも程々にしとけよ」


ピンチの声に、俺を呼ぶ声に耳を傾ける。

力がみなぎり、視界に映る前髪が緑色に染まる。


「今行くぜ、待ってろよ」


俺は、俺の名前は─


* * * * *


「俺たち警察は、忘れられがちだが、常に正義の味方でいなくちゃならねえ」


先輩が吸っていたタバコを携帯灰皿に押し込んで言う。

目の前に吊るされている男は、政府直属の機関の開発部の男らしい。


「それは相手がどんな権力を持つ人間でも同じ事だ、どんな偉い奴でも、悪人は捕まえる、それが俺たち警察の仕事だ」


こいつは他人の研究を強奪したり、街のチンピラを雇って他の研究者を襲撃したりと、随分と評判の悪い男だ。


「誰なんですかねぇ、こんな事したの」


俺の問いに、先輩がニヤリとした。


「若いのに噂には疎いんだな、俺は知ってるぞ」


吊るされた男を降ろす作業を見つめる、男は何やら騒いでいるようだが、完全に無視されているのは少し可哀想とまで思えてきた。


「こんな事できるのは噂のアイツしか居ないさ、やり方は感心しないが、奴はこの街唯一の、正真正銘本物の正義のヒーローと言っても過言じゃ無いだろう」


先輩も充分正義のヒーローなんじゃないですか、と言うが「俺はそんな大したもんじゃないよ」と笑われた。


「やってくれるじゃないか、パンダヒーロー」


そう呟く先輩の顔は、どこか悔しそうだが、晴れ晴れとした表情だった。

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