case05 きっと望まれてんだ

奴の下品な笑いと共に、周りに隠れていたチンピラ共が出てくる、今度は本物の銃を持ってるヤツまでいる。


「ヒーローもその仮面を剥がされちゃただの人間だなぁ」


頭を内側から強く叩かれてるような痛みが襲う、ズキズキとする頭を抱えながら相手を見据える。


「おい、何をしたんだ…!」


男がGUMIを庇うように背中に隠しながら言う。


「簡単な話さ、そこの異能力者たちの異能ってのは音楽を力の根源としている、異能を使っている時も、我々人間に聞こえないだけで実は微弱で高い音を出しているのさ。そしてその音と逆の位相の周波の音を浴びせると、異能の音はかき消され、全てが止まってしまうって寸法さ」


諸々の痛みや目眩に必死で抗いながら、俺は再び異能を使う、一瞬で痛みは引くが、また奴の妙な機械で異能が解かれてしまい、同じ苦痛が襲ってくる。


「無駄だよパンダヒーロー、この機械の前に君ら異能力者は無力だ、それに、君の異能はだいぶ代償ってやつがキツいらしいな、そこまで苦しんでくれるとは思ってもみなかったよ」


だいぶ長い事パンダヒーローのままでいたから、溜まった代償がそのまま襲ってきているのだろう。


「ハチくん、あの音は僕らの異能を強制的に止める、普通に異能を解くより十数倍は消耗が激しいみたいだ」


フラつきながらも立ち上がった同志が俺に忠告する、ただでさえ代償のせいで消耗の激しい俺に対して「これ以上は死ぬぞ」と警告しているつもりのようだ。

振り向くと、壁際に追い詰められた男と少女がチンピラ共ににじり寄られている。


「パンダヒーロー、そしてその相棒、それに素晴らしき兵器を開発してくれた博士さん、君らはもう不要だ」


この子たちは兵器じゃない!

そう叫ぶ男の声に対してチンピラ共の笑い声がチラホラと上がる、発砲音と共に、男の声は悲鳴に変わった。


「博士ェ、大人しくしていてくれれば命だけは助けてやるぞ?」

「絶対にお前らの言う通りになんか……」


再び発砲音、男は二度目の悲鳴を上げる、それと同時にうずくまる俺の頭上を1つの影が飛び越していった。


「マスターを傷付けないで!」


ミクだ、コントロールを振り切ってまで男の事を守りにいったようだ。

しかし相手は武装をしている、レーザー兵装を取り付けられてるとはいえ、ミクがこの状況を切り抜けられるとは思えない、そもそも自分から人を攻撃したりできるのだろうか。


「ダメだmiku、今の君は万全な状態じゃない」

「私はマスターのための私です、マスターのためなら─」

「そんな自己犠牲なんか教えてないぞ! 今すぐやめろ!」


男の叫び声に、辺りが一瞬静まり返る。

静寂を破ったのは、チンピラ共のボスの拍手だった。


「美しいねぇ、親子愛ってヤツか? 美しすぎて反吐が出ちまう」


「何が言いたい」と凄む声、未だに続く痛みに耐えながら立ち上がると、男とチンピラのボスが対峙している、男は先ほどGUMIにしていたようにmikuも背後に回して護るような体勢を取っていた。


「こういう事だ」


バシュンと音が響き、ミクの首元辺りから火花が散る、mikuはその場に崩れ落ち、動かなくなった。

『マスターを、助けて』


俺の頭に、俺の異能に、ミクの声が語りかけた。


「DIVA-01、お前はもう不要だ、もっといい素体があるからな」


ミクに必死で声をかける男と隣でミクを揺さぶるGUMIを見下ろしながらチンピラのボスが呟く。

何だ、何が起こった、何故ミクは動かない。

あの野郎は何をした、俺は何故ボーッと突っ立ってる。


─救えなかった…?


自分と、目の前の野郎に対する怒りが膨れ上がる。


「AIの主要回路を焼き切られている、早く直さないとmikuは…!」


ミクを抱えて立ち上がろうとした男の眉間に、拳銃が突き付けられた。


「行かせるかよ」


俺の中で、何かが弾ける。

痛みなど関係ない、代償なんてクソ喰らえだ。


その場で強く踏み込んだ俺は、異能の力を借りてチンピラ共を押しのけ、憎むべき相手に飛びかかる、不意を突かれた相手は、素手で殴りかかった俺に面食らってその場で大きく転倒して、拳銃と例の音響兵器を取り落とした。


「ヒーローなんて止めだ、あんな女の子1人守れないなんてヒーローじゃねえ」


俺は自分に言い聞かせるように呟く、おい止めろと同志が叫ぶが、関係ない。


「この場でお前を殺して、俺はヒーローを辞める─」


異能を使って金属バットを取り出す、さらばだ、パンダヒーロー。

しかし、奴を殺す事はできなかった、身体が言う事をきかない、自分でも原因は分かる、無茶をしすぎたんだ。


ただ俺はコイツを始末しなければならない、コイツを─


*****


「ハハッ…勝手にくたばりやがったぜ……」


ボス猿の野郎が高笑いを始める、落とした拳銃を手に取り、地面に伏したパンダヒーローにそれを向けた。


「トドメだ……」


奴が引き金に指を掛けた瞬間、ピシリと音を立てた電柱が、奴の腕を目掛けて倒れ込んできた。

倒れてきた電柱が命中した奴の腕は、嫌な音を立てて変な方向に曲がり、電柱の直線上にいたチンピラたちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ってしまった。


「電柱の重心をずらした、悪いが、俺は限界だ……おい、お前とそこのGUMIちゃんなら、そこのヒーロー助けれんだろ」


大人しい印象だった眼鏡の男が、息を荒くして言う、そうだ、僕はこの為にmikuたちを開発したんだ。

僕の袖を引っぱったGUMIと目が合う、今は人助けだ、俺は頷いてGUMIから手作りの部品を受け取った。


* * * * *


ここはどこだ、ああ、俺は死んだのか。


周りを見渡すが、何も見えない。

真っ暗だからとかじゃなく、本当に何も無いから何も見えない。


せめてGUMIとあの男ぐらいは助けたかった。

相棒なら、アイツらを助けてあの場から離れてくれるだろうか。


少し前まで俺を襲っていた頭痛や目眩はすっかり消えて無くなっていた。


俺は一体この先どうなるのだろう、俺は深くため息をつきその場に寝っ転がった。


「まだ終わってねえよ」


どこからか声がする、終わったんだ、俺は現にこうして死んでしまっている。


「そうやって諦める、ビビってんだろ、救えないという結果に」


─ビビってなんかない、人は死んだら何もできない、そうだろ? だから仕方ないんだ。


「いいやビビってるな、普段からお前はそうやっていろんなモノを恐れてきた」


─何にビビってきたってんだよ、俺は無敵のパンダヒーローだぞ。


「人にチカラを行使する事にビビってきた」


─そんな事はない、俺は人を救うために進んで動いていた。


「じゃあ何故ありもしない代償なんかを作り出した?」


─何の事だ、あの代償は異能による代償、ありもしないなんて事……


「無いんだよ、そんなもの、お前は人を助けるために人を傷付ける事をどこか後ろめたく思っていた、そんな自分を恐れて、わざわざ限界を設定した」


─じゃあ何だ、あの目眩や吐き気は、全部俺が作り出した幻想って事か?


「そうなんだよ、だからお前はビビりなんだ、自分のチカラにビビった弱虫の負け犬だ」


─お前は何なんだ、お前は何故俺にそこまで言うんだ、何のつもりだ。


「質問の多い奴だ、ヒーローなら自分で解決したらどうだ?」


─無茶を言うな、俺は弱虫の負け犬だと言ったのはお前じゃないか。


「卑屈になってんじゃねえよ……仕方ない、1つだけ答えておいてやろう」


─そうか、ありがたい。


「俺はパンダヒーローおまえだ」


寝っ転がったまま目を見開く俺の視界を上から覗き込んだのは、緑の髪をした、自分そのものの顔だった。


「だから逃げるな、俺はお前自身だ、お前のちっぽけな代償なんかいらない」


こちらを冷たく見下ろすヒーローの顔は、そう続けた。


「お前は、お前の好きなように人を助けろ、俺はいつだって正義おまえの見方だ」


どこか遠くから、聞き覚えのある声の、聴いた事もないメロディの、美しい歌声が聴こえてきた。


「最後の忠告だ、これ以上迷うようなら、俺がお前の身体を乗っ取ってしまうぞ」


ヒーローの姿がグニャリと歪み、俺の意識は深く深く落ちていった。


「俺を作り出したのはお前だ、ヒーローなら自信を持て」


そして全てが、暗転した。

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