case04 銘々に狂った
「お兄さん、確かに俺はその女の子の居場所を知っている、だけどこの街じゃなんでも金がかかるってのは知ってるだろ?」
コイツはどうやら情報料を要求しているらしい、だがコイツの情報は嘘も本当も半々だともっぱらの噂だ、金を払ってガセだけ掴まされてもどうにもならない。
「金はいいんだけどよ、その情報、本当なんだろうな?」
男の視線が泳ぐ、どうみても怪しい。
「情報料は後払いだ、文句は無えよな?」
バットをカラカラと引きずりながら詰め寄る、男はヒッと小さく悲鳴を上げた。
「本当だったら現金払い、嘘だったら粛正料で立て替えだ」
なんでも金がかかると言ったのはコイツだ、だったら俺がコイツの悪行を正すのもそれなりの料金がかかるのが道理ってものだ。
「隣町の、5丁目の、赤色のガード下、昨日あそこで緑の髪の女の子を見かけたって情報がある、それ以上は知らねえよ……」
そう言って男は俺を押し退けて一目散に逃げ出した。
ああ、またこれもデマなのだろうか。
そう思いながらため息をつく、まあ他の情報も全部ダメだったんだから試してみるしかないだろう。
* * * * *
電車がやかましく音を立てながら頭上を通過する、いまにも壊れてしまいそうなほどにガタガタと揺れる赤い高架はいまにも壊れてしまいそうになっていた。
「居ないなぁ」
辺りを見渡す同志が言う、俺はそれに倣って辺りを見渡す、異能の助けもあって暗いところも少し見えやすくなっているが、少女らしき姿は一切見えなかった。
やはりそう上手くはいかないか。
「どこに逃げるようにとか、指示したりしなかったのか?」
「AIで最適な逃げ道を見つけるようになっているはずだから……同じAIを搭載していても成長度によってまったく違う行動を取るんだ、だからこのエミュレーターを使っても同じ経路を出てくるとは限らない……」
男が懐から上部にガラスのようなものが取り付けられた端末を取り出した。
スイッチを押すと、ガラスの部分にいくつかの表示が浮かぶ、液晶だったのか。
「やってみないよりはマシ……ですかね…?」
「分かってんじゃん」
俺に促された男は端末に何やら入力する、すると液晶にマップのようなものと矢印が表示された。
カーナビみたいな案内だなと思いつつ、男に先導を任せて俺たちは歩き出した。
それにしても、よく荒れた街だな。
率直な感想だ、こっちの方面には久々に来たが、俺が活動している辺りとは比べものにならない程に酷い有様だ。
現代の日本にこんなスラム街みたいなものがあることが驚きだが、政府の信用が異能狩りのせいで落ちたと考えるとこの程度で済んだのはむしろ良いことなのだろうか。
「にしても、そんなものあるなら自分で探せば良かったんじゃないか?」
「探したさ…! でもここら辺は色々と危ないし、GUMIも頭の良い子だからそこら辺はちゃんと考えてるはずなのに……こんなとこにいるなんて思ってもみなかったんだよ」
「まぁまぁ、まだここら辺に居るって決まった訳じゃないんだし」
ガタンと音がする、見るとその先には青い髪のツインテールの少女が立っている。
「miku……mikuじゃないか! 無事だったのか! なんでこんな場所に……!」
ミクと呼ばれた少女はなんだか泣きそうな目をしていた、あの子が噂に聞いていたmikuなら、泣きそうな目などするのだろうか、相手はアンドロイドじゃないのか?
浮かぶ疑問、その疑問がある故に彼女の挙動に深く注目していた時のことだった。
「おい! 避けろ!」
少女の指先ががゆっくりと歩み寄る男へと向けられ、仄かな光を放つ、その光が赤くなった瞬間に、俺は何か得体の知れない危機感を覚えたのだ。
俺の声に反応した同志が男を抱えて横に飛び退く、俺も同じタイミングでしゃがみこむ、頭上を赤い光の線が通り、背後からジュッと音が聞こえた。
「レーザー!? おいおいSFかよ」
同志が驚きと興奮の入り混じった声で叫んだ。
「miku……おい、どうしたんだ……」
ミクと呼ばれた少女の頬を、一滴の水が濡らす。
二滴、三滴と少女の頬を次々と濡らす水滴は、彼女の瞳から溢れていた。
「君、感情が……」
キィィと甲高い音を立てながら少女が震える指先をこちらに向ける、どう考えても人間のやることじゃないのに、その表情を見ているとどうしても生身の人間のように思えてしまう。
「マスター、逃げてください……」
震える声で少女が言う、なるほど、確かに初音ミクそっくりな声をしている。
しかし感心している場合じゃない、この男完全に目の前のアンドロイドの事しか頭にないようだ、放っておいたらレーザーに焼かれてしまう。
あるイメージを強く頭に思い浮かべる、手元の金属バットが銀色になり表面が強めの光沢を持った、成功だ。
俺はそのバットを力一杯男の前方へと投げる、真っ赤な光はバットに当たるが、バットは溶けずにその場で光を上方へと跳ね返した。
「レーザーって言ってもやっぱ光だ、反射は効くぞ!」
「残念だが鏡なんてもんは持ち合わせてない、どうする?」
「光沢強めのバット出しといた、溶けるまでは使えるだろ!」
男を助け起こしながら同志に指示する、男は不安げにこちらを見た。
「おい、まさか殺すつもりじゃ」
「誰が殺すかよ、アイツも守って欲しいんだろ?」
男がそれに対して黙って頷いた。
「それに、ヒーローは人を殺さないからな」
飛んでくるレーザーをいくつか反射させる、やはり限界があるのかバットが少しずつ溶け始めている。
「wowaka!」
「分かってるってハチくん!」
異能を発動した同志がレーザーの軌道をずらす、レーザーはあらぬ方向へ飛び、壁やパイプを溶かしていった。
「一旦隠れるぞ」
周りの景色が歪み、いつもの「ズレた空間」へと飛ばされた。
突然消えた俺たちに対して、少女は驚いたように辺りを見回している。
「今だ、逃げよう」
同志がそう言って走り出した時だった。
キィンと甲高い音が響き、俺たちは「ズレた空間」から元の空間へと放り出されてしまった。
唐突に足元の感覚を狂わされた俺たちは、その場で転んでしまう、何が起きたのかと顔を上げると、ミクの遥か後ろの路地にあのチンピラのボスが立っていた。
「アイツ……!」
隣で同じく奴を見つけた男が怒りを露わに立ち上がる。
「よせ! 溶かされたいのか!?」
「アイツは! 僕の研究をああやって悪用したばかりか、感情を持った1人の女の子も同然のmikuに人を傷付けるためだけの機構を取り付けて、あんなに悲しい顔をさせるまで無理やり動かしてるんだぞ! アイツを殺さなきゃ気が済まない! 止めないでくれ!」
同志の手を振り払って前に進もうとする男の襟首を掴み、思いっきり後ろへと引いた。
「悪いが、人を殺すつもりのヤツを放っておくのはヒーローとしては無理だ」
それに、生みの親を殺すという罪をあの少女に背負わさせるのはあまりにも酷というものだ。
今にも心がダメになってしまいそうなほど悲しい表情をしたミクは、次のレーザーを撃とうと、こちらに指先を向けた。
「やれ」
ボスの掛け声に呼応して指先が光る、しかしそのレーザーは男の背後の壁を溶かしただけだった。
「GUMI…!」
男が声を上げる、物陰から飛び出してきた緑の髪の少女が、男をレーザーの射線から引っ張り出したようだ。
少女が口をパクパクさせる、どうやら喋れないようだ。
ハッと男の手に握られた端末に気付いた少女は、その端末の液晶を男に見せながらそれを握りしめた。
『ジャンクひんで ぬきとられた せいたいきこうと そのプログラムをつくりました』
液晶に文字を表示させながら、薄汚れた服のポケットから小さな箱を取り出して男に渡す、一緒にUSBメモリのようなモノも渡したようだ。
「GUMI…君はそんな事を……」
『わたしのこえなら みくちゃんのわるくなったところを なおせるかもしれません、どうかわたしにそれを くみこんでください』
この少女もまた、悲しそうな表情をする。
今までに無いタイプの怒りが、フツフツと湧き上がってきた。
「GUMI、mikuは病気や怪我であんな風になったんじゃないんだ、だから君の歌では……」
静かに少女を諭そうとする男の手を、少女が強く握りしめた。
隣で見ていた俺でも分かるほどに、真剣に真っ直ぐに男を見つめる、彼女は本気のようだ。
「分かった、だがこんな状況では何も出来ない、ここは一旦─」
「させねぇよォ!」
例のボスだ、黙って見てるかと思ってたらゆっくりとこっちに近付いていたようだ。
数メートルまで迫っていた奴は手に持った銃のようやモノをこちらに向けた。
「学習しねえな、それが俺に効くと思うか?」
金属バットを手に取り、俺はそれを相手へと向けた。
「避けたり打ち返したり、出来るのかよ」
チキチキと音を立てた銃の先端が、パラボラアンテナのような形に展開した。
「音の弾を避けるなんて、出来るのかよ」
先ほどの音がキィンと響く、途端に身体中から力が抜ける。
「お前……髪が……!」
同じく力が抜けてしまったらしき同志が俺を見て言った、視界の半分を塞ぐ髪の毛は、いつの間にか元通りの黒に戻っている。
地面に膝をついた俺に、目眩と頭痛と吐き気が一挙に押し寄せてきた。
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