case03 歌うアンドロイド

研究日誌

project-D-I-V-A-(Damage-Invalidation-Vocal-Android)


異能というものが世間に広まったことにより、音が人間の身体機能に及ぼす影響についての私の研究は大きな進歩を見せた。

その中でも人間の治癒能力を劇的に高める音が存在する事を発見、これをD-I位相と呼称しさらに研究を進める。

* * *

D-I位相は受ける側個人個人によって微妙な違いがあるため、実用化は難しいと思われた。

しかしD-I位相を調べるにあたってそれを聞いていた職員から「ボーカロイドの歌声に似ている」との指摘を受け、調べてみる、すると驚いた事にそのボーカロイドの楽曲群は様々なタイプのD-I位相に酷似した音響を含む事が判明した。

同時に計画を進めていた雑務用人型アンドロイドの計画を変更し、よりヒトの頭脳に近いAIを搭載した歌うアンドロイド計画を始動。相手のD-I位相を自動で探り、歌として出力するヴォーカル・アンドロイドの実用化に向けての研究を始めた。

この際に、この計画の名称を「歌姫」とモデルになったボーカロイドたちに馴染みの深い単語になぞらえてproject-D-I-V-A-と名付ける、以降のヴォーカル・アンドロイドのナンバリングはDIVA-(番号)とすることに決定した。

* * *

完成したDIVA-01、研究番号39のアンドロイドをこの計画のキッカケとなったボーカロイドの「初音ミク」になぞらえて「miku」と命名、外見もそれに近いものに仕上げ、初回起動を試みた。

* * *

mikuの動作に問題は見られず、研究はより進んだ。

しかしこの段階で計画を聞きつけた政府の武装組織が私の研究所を訪問、兵器としての転用を提案してくるが、私は当然拒絶した。

彼らの話では様々な物体と共振してモノを内部から破壊する音響兵器を開発したからD-I位相と逆の位相、つまり聴いた相手の身体に不調を来すものと一緒にDIVAに搭載して提供してほしいとの事だった、冗談じゃない。

* * *

もしもの時のためにナンバリング外のDIVAをmikuのバックアップとして作成した。

DIVA-xx 研究番号93、アップデートした声帯プログラムから発せられる声の特徴が実在するボーカロイドに似ていたため、それになぞらえて「GUMI」と命名、表向きは雑務アンドロイドとして研究所に置いた。

* * *

改良AIを搭載したmikuとGUMIは徐々に成長を見せ、まるで人間のように振る舞い始めた、これには開発者としての私も驚くと同時に、まるで彼女らが自分の娘であるかのような錯覚に陥っていた。

* * *

奴らが強硬手段に出た、これ以降の記録は別の端末に残すとする。


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夢を見ていたかのような気分だった。

スリープモードから復帰した時、わたしの頬を濡らす水滴に疑問を抱く、なぜこれはわたしの瞳から流れてきているのか、アンドロイドに涙を流す機能など無いはずだった。

それに夢なんかを見るアンドロイドもきっといないはずだ、だとしたらこの感覚は錯覚なのだろうか、アンドロイドが? エラーを起こしているなら報告をしなければいけない、しかしその報告先とのネットワーク接続も切れてしまっている。


AIとの相互制御のために自己進化システムを使い組み込んだ擬似感情プログラムを以ってしても機能の枠を超えた感情を持つことなど不可能だとわたしのデータベースが言っている。


「マスター、早くわたしを修理してください」


出なくなってしまった発声システムに文章を出力する、口をパクパクと動かすが、何も起きずにエラーのみが返ってきた。


マスター、マスター、わたしはこれからどうすればいいのですか。


道路の隅に座り込むわたしの瞳から、またあの水滴がこぼれ落ちた。


* * * * *


「ダメだ、助けかけた奴を途中で放り出すなんてできるわけない」


一度異能を解いてみろと提案してきた同志に俺は言った。

あの白衣の男を助けてから7日、俺は結局元の姿に戻れずにいた、どうやらピンチを解決しない事には次のピンチに駆けつけることもできないらしく、ニュースや雑誌なんかでは『消えたパンダヒーロー!?』だの『ヒーローの行方は…?』だの騒ぎ立てられていた。


「たった一週間ハチくんが居ないだけで世間はこのザマだ、こないだもそこの銀行で派手にやらかした強盗がいたそうじゃないか、この街は狂ってる、1つの事件に拘ってる場合じゃないし、それでなくとも最近のハチくんは何かと危ういところがあるんだよ、なんというか、異能に乗っ取られかけてるというか……」


髪の色が一部だけ戻らなかったり、異能を発動すると無意識のうちに一人称が変わっていたりとかってやつか、そんな些細なことどうでもいいんだ。


髪の色を隠すために被った帽子を深く被り直しながら同志の説教を聞き流す、しばらく歩くと、路地の奥へと消えていく見覚えのある白衣の後ろ姿が見えた。


「おい、あれ……」

「……話を聞いてみる価値ぐらいはありそうだな」


白衣の男が消えた路地裏に続いて入る、薄暗く生ゴミの臭いが立ち込める最悪の場所だった、しかし俺はなぜかこの路地がとても心地よく感じた、これも「異能に乗っ取られかけてる」のうちに入るのだろうか。


「お兄さん、久しぶりですね」


同志が目の前に迫った白衣の男に声をかける、俺たちの存在感を遠くの方にズラした故にここまで気付かれずに近付けたのだろう。


「う、うわっ! 何ですか急に……!」


紛れもなくあの時助けた男だ、顔はあちこち傷を負っていて、よく見ると右肩にはベットリと血が滲んでいた。


「パンダヒーロー……! 今まで一体何を! アイツは……GUMIはどうなったんだ!?」


ハッと俺の正体に気付いた男は突然俺の肩を掴んで揺さぶってきた。


「GUMI……? 何の話だよ、GUMIってあのボーカロイドのGUMIの事じゃないよな?」


隣で同志が男に訊いた、まさかそんなはず……と思ったが、男は必死の形相で俺たちを見た。


「君らボカロPってやつだろ、君らならよく知ってるはずのそのGUMIだよ、アレによく似たアンドロイドだ」


いたぞ! と叫ぶ声が聞こえる、騒がしい足音が道の向こうから響いてきた。


「お前、まだ追われてるのか」

「僕のことはどうでもいい! 早くアイツを助けてやってくれ! 感情は無くても彼女らにとって孤独は辛いものなんだ!」


─なるほど、あの時チンピラ共と闘っていた時に感じた妙な違和感はこれか


 「あの時もそう願ったのか?」


俺はこいつ自身を助けるために呼ばれたのではなく、こいつが別の誰かを助けて欲しいと願ったのなら、確かにまだピンチは終わってないことになる。


「そうだよ! あの時は確かに助かった! けど俺は俺自身よりアイツが大切なんだ!」


ジジジと音を立てて俺たちの横をスタン弾が通過した、弾は配管に弾かれて地面に転がる。


「事情は分かった、けどお前を助けないことにはその探し人? とやらも探せねえよな?」


異能を使い金属バットを取り出す、これ電気大丈夫なのかな、まあグリップテープはゴムっぽいし大丈夫か。


ぼんやりと考えながら飛んできた弾を打ち返す、暗闇の奥の方でスパークが見え、悲鳴が聞こえた。


「ナイスヒット」

「イエーイ」


同志と力の抜けたやり取りをしながら続いて飛んできた弾を全て打ち返す、さすがの相手も何かいることを悟ったのか、テーザーガンを撃つのをやめて残った連中だけでジリジリと近寄ってきた。


「悪いな、最初からピンチヒッターがいて」


同志が男の前に立つのを横目で確認する、戦ってる余裕は無いみたいだ。


「重ね重ね悪いけど、今日は相手してらんないわ」


一歩下がり同志の隣に立つ、すると視界が二重に重なり、目の前の連中が慌て始めた。

隣の同志が「ずれていく」で俺たちが居る世界の「層」をズラすとこうなるようだ、前に一度理屈を聞いたがよく分からなかった。


「そんじゃ、一旦帰るか」


* * * * *


「レーダーなんか使えたらとっくに使ってる、あの連中に見つからないように電磁障壁用の外部端子を待たせてるんだ」


自分だけでも探せるようにしとけよと言ったが、どうやらそう都合のいいモノは作れないらしい。

歌で人を治療するアンドロイドってだけで充分すぎるぐらいにオーバーテクノロジーなのにそこは出来ないというのにはどうも納得いかなかった。


「でもGUMIの格好してるってんなら目立ってしょうがないと思うけどな」

「服装はどうにでもなるじゃないか、逃げてくる時に普通の女の子の服に着替えさせた」


この男がGUMIのために普通の女の子の服を買うのを想像すると不思議と笑える、だが今はそんな場合ではない。


「さーて、歌姫捜索作戦、開始ってとこだな」


それは人捜しに持ち出すモノではないだろう、と彼が肩に担ぐ金属バットを見て呟く。

気にするなとヒーローは嫌な笑みを浮かべたのだった。

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