case02 ここで登場
走る青年に手を引かれる少女はどこか上の空な表情をしていた。
歌とは何なのか、なぜ私は歌を教えられたのか。
白衣を纏い目の前を走るこの人は一体、なぜ私なんかを作ったのか。
足元を何かが掠め、目の前の人が小さく悲鳴をあげて転んだ。
足に絡み付いているのはスタン弾、バチバチと火花を上げながらこの人に電気を流し込んでいた。
このままだとマスターは危ない、そう感じた私はスタン弾を取り外そうと手を伸ばそうとした。
「ダメだ! 君は僕ら人間より数倍も電気に弱い! これは僕で何とか……する……!」
電気で苦しみながらもこの人は自力でスタン弾を外そうともがいた。
マスター、安心してください、私の人工皮膚は電気を通さないんですよ、あなたが作ったんじゃないですか。
そう言葉をかけたいのにどうしても声が出ない、後ろから走ってくるあの人たちが私の発声システムを抜き取ったからだ。
「先に逃げてろ! 君がアイツらに捕まったら、僕はきっと一生後悔する! さっき渡したメモリーを頼りに逃げろ!」
後ろの方から多くの足音が聞こえてきた。
「グズグズするな! 君が捕まったらどうなるか分かってんのか!?」
置いてなんていけません、声にならない声で必死に訴えかける。
そんな意思に反してプログラムが作動する、私はスッと立ち上がり、路地の先へと出力の限りを尽くして走り出した。
「こいつ例の"8番"だぞ! 気をつけろ!」
しばらく走ると、遠く後ろの方から叫ぶ声が聞こえた、マスター、どうか無事で。
私は必死で祈りながら走った、流せるはずのない涙が、風に流されて斜めに頬を伝った。
* * * * *
最近、友人の様子がおかしい。
正義のためにヒーローをやっていたアイツが今や自分の苦しみを和らげるためにヒーローをやっている。
黒かった髪もだんだんと緑から戻りにくくなってきているし、目の周りのクマも元の姿に戻っても少し残ったままになっている。
「なぁ、ちょっと休めって」
仮眠から目覚めた友人が立ち上がり、再び外に行こうとしていた。
緑混じりの黒髪から一瞬で緑一色の髪に変わる友人の頭を見つめながら言ったが、聞く耳を持ってくれていないようだ。
「そんじゃ、いつも通りな」
そう言って友人は空気に溶け込むように消えていった、パンダヒーロー出動の瞬間である。
小さくため息をつき、受信機の画面を眺めた、しばらくするとマップの端に赤いマーカーが現れた。
俺は「今自分が居る位置」をずらしてそこへ向かう事にした。
* * * * *
足に絡まるスタン弾のワイヤーを睨む、害獣駆除の名目で依頼されて作ったモノなのに、こいつらは人が作ったモノを悪用する天才のようだ。
奴らがドタドタと足音を立てながら追いついてきた、テーザーガンのカートリッジを高出力の物に付け替え、こちらに銃口を向ける。
「手間掛けさせんなよ、そんで、お前さんのお人形はどこに消えた?」
テザーガンを持った連中の間から小柄な男が出てきた、俺の研究を悪用しようとしている連中のボス猿だ。
「オッサン、お人形遊びが趣味なの? 生憎俺は人形なんてものは扱ってなくてな」
奴らの手に彼女が渡るぐらいなら、ここで俺が潰された方がマシだ。
「強がりも今のうちだぞ、お前の部屋からDIVA-01……確か研究番号39だったか? あれを回収したのが誰か忘れたワケじゃないんだろ?」
mikuの事だろう、既に自立してものを考えている彼女たちの事をモノとして、兵器として扱う彼らに怒りが湧いてきた。
「外道が……!」
「その外道のために兵器を作ったお前は何なんだ?」
「mikuとGUMIは兵器なんかじゃねえ! 勝手に計画を書き換えたのはお前らだろ! いいか、mikuをネジ1本でも改造してみろ、その時はどんな手使ってでも殺しに行ってやる!」
柄にもなく脅し文句を吐き、ポケットに隠していた小さなボールを取り出した、まさかコレを使う日が来るとは……
ボールのスイッチに指をかけて思いっきり振りかぶったのを見て相手のボスが急に笑い出した。
「お前の研究資料はあらかた回収してるんだよ、スタン音響ぐらい対策してるさ」
スマホを振って画面を見せる、音声データをループ再生しているようだ、おそらくスタン音響の逆位相音声だろう。
「まあいいさ、お前が死ねば俺らを殺すこともできないだろう、ゆっくりと君の1つめのお人形さんを改造させてもらうよ」
そう言って相手は銃を構える連中の後ろへと消えていった。
もうダメだ、俺はどうでもいいから、どうか、誰か、アイツたちを守ってくれ、助けてくれ─
目の前に並ぶ幾つものテーザーガンの銃口と俺の間に、1人の男が割って入った。
後ろ姿しか見えないが、緑の髪と左手に握られた金属バットで大方誰だか予想はできる。
俺だって研究にばかり打ち込んでるワケではない、都市伝説のの1つや2つぐらい知っている。
「……パンダヒーロー…?」
思わず口に出したその名前に、目の前の男は反応した。
「俺も有名になったもんだな」
目の前のヒーローが少しだけ振り向き横目でこちらを見ながらニヤリと笑った。
「コスプレか兄さん、そんなバットなんかで何しようってんだ」
連中の内の1人が茶化す、ヒーローはその男を一瞥するとバットを思いっきり振り抜いた。
バットはその男が持っていた銃に直撃、バラバラに破壊しながら叩き落とした。
すごい、元々害獣駆除用に開発したものとはいえ金属製の銃だ、人が少し叩いただけであんなにバラバラになるものだろうか。
さらにヒーローはバットを連中に突き付けるように構えて冷たい笑みを浮かべる。
「どーも、ピンチヒッターです」
連中のうちの一人が何かに気付いたような顔をして一歩後ずさった。
「お、おい…こいつ例の"8番"だぞ! 気をつけろ!」
"8番"はこの街の主に柄の悪い連中が使ってるパンダヒーローを指す隠語だ、ここでも番号で呼ぶのかと呆れる。
「知ってるなら話が早い、そんじゃ楽しもうじゃないか」
心底楽しそうな顔をしたヒーローはバットを両手持ちにして相手に飛びかかり、テザーガンの弾を避けてその内の一人を踏みつけて跳躍した、先ほども思ったがやはり常人の身体能力じゃない。
「逃がさねえよ」
着地したヒーローは人の壁の向こうで誰かに言った、おそらくあのボスだろう、あいつはこういった場では真っ先に逃げ出すタイプの人間だろうと思っていたがやはりそうだったようだ。
バチバチと火花が見えて奴の悲鳴が聞こえる、外れ〜と茶化すヒーローの声がすごく楽しそうだ。
「撃ってみろよ、ほら」
ヒーローの声に対して怒号と火花が飛ぶ、しかし聞こえてくるのは連中の悲鳴だけだった。
待てよ、今この場の全員はあのヒーローに気を取られている、俺の足に絡んだスタン弾の高出力内臓バッテリーも切れたのか痺れは収まっている、これは逃げるチャンスでは?
打撃音と銃声と悲鳴の入り混じる空間を背に、俺はジリジリとその場を後にする、一定の距離を取ったところで、俺は全速力で走り出した。
* * * * *
「死屍累々ってやつか」
「別に殺してねえよ」
気を失った人の山を目にした同志は笑いながら言った、人聞きの悪い冗談だ。
「そういやさっき走って行った白衣のお兄さん、アレ今回助けた相手?」
「白衣? ああ着てたな」
それにしても、敵らしき敵は全員倒したのに何か違和感が拭えない。
何だろう、いつもと違う感覚がする。
「そういやお前、今回は眩暈とか来ないんだな」
そういえばそうだ、視線を上に移して前髪を確認しても、緑のままだ、まだ異能が解かれていないのだろうか。
「もしかしてさ、お前を呼んだピンチってやつ、まだ終わってないかもしれないんじゃないか?」
もっとも考えられる可能性を同志が示した。
「厄介な案件になりそうだな」
俺がふと思ったことと全く同じことを、同志が笑いながら言った。
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