spin-off*PANDA-HERO

ナトリカシオ

case01 正義のヒーロー?

正義とは何か、悪とは何か。

何が正しいか判断するには、今まで生きてきた年数が少々短すぎるようだ。

だから僕は世界がよりよくなると思う方へと懸ける、人々を助けて、誰もが笑って暮らせる世界を目指す。


だから、この街で良くないモノをばら撒く連中には容赦は必要無い。


左手に握った金属バットを地面に叩きつける、目の前で怯える不良ヤンキー5人組はその音にビクリとした。


「いまどきカツアゲなんて流行らねえよ、つまんねえ事してないでマトモな金手に入れる方法考えたらどうだ?」


いつでも次の攻撃に移れるようにバットを肩に担ぎ直す、しかし不良たちは反撃なんてする気力すらも無くなっていたようだった。


「ほら、分かったんならさっさと帰れ」


空いた右手でシッシッと追いやる仕草を見せる、不良たちは悲鳴を上げながら路地の奥へと消えていった。

振り向いて俺を呼ぶ「ピンチ」に陥っていた少年を見下ろした、しりもちをついて涙目の少年は俺を見上げて震えていた。


「少年、お困りならばまた俺を呼べ、俺の名前は─」


─パンダヒーローだ。


* * * * *


「まったく、人助けた瞬間にブッ倒れるヒーローがあるかよ」


眩暈と吐き気で倒れた俺を連れて帰った男、異能というものがこの世界に出てくる前はwowakaという名前で動画投稿をしていた同志だ。


「アレばかりはどうにも耐えられないんだ、優秀なサイドキックがいるからこうして無茶できるんじゃないのか」


誰がサイドキックだと突っ込む同志をよそに鏡を覗き込んだ、異能を発動すると緑色に染まる髪はほとんど黒に戻っているが、よく見ると一部だけメッシュのような感じで緑が残っていた。


巷で噂になっている謎の正義の味方、パンダヒーロー。

ピンチの人の元にどこからともなく現れてそれを助けてどこかへ消えていく、緑の髪の毛にクマの酷い目をした金属バットを持った歪なヒーロー、噂だけでできた僕自身を描くヒーロー像は思ったより真実のそれに近いものだった。


もちろん、異能を激しく差別する日本政府はパンダヒーローの存在を認めていなかった、しかしそれもお構いなしに活動を続ける僕にも徐々に民衆という味方が付いてきていた。


どこかから助けを求める声が聞こえる、行かなければ。


未だにフラつく足に力を込めて立ち上がる、側で見守る同志が心配そうに近寄って来た。


「お前最近異能使いすぎだぞ、見ててハラハラする」

「こうでもしてないと落ち着かないんだ」


助けに行く意思を示すと、視界に映る前髪が緑色に染まった。


「じゃあ先に行ってる」


そう言うと俺は助けを呼ぶ声に応じて、その場を後にした。


* * * * *


なんなんだアイツは!

暗い道を走りながら呟いた。


空中を飛ぶ無数の文字がアスファルトや壁を抉り破片を撒き散らす、今度はすぐ横にあったゴミ箱だ、だんだんと狙いが正確になって俺を追い詰めてくる。

穴が空いて吹き飛んだゴミ箱が俺の頭上を飛び、目の前に落ちる、ダメだ避けきれない。

ゴミ箱に足を取られ、その場でハデに転んだ。

無数の文字の弾幕が闇の向こうから飛んでくる、もうおしまいだ。


助けてくれ、誰か。


そう心に強く願った瞬間だった鈍い無数の金属音が響き、弾幕が止んだ。


強く閉じた瞼を開けると、目の前には緑の髪をした背の高い男が立っている、左手には金属バットを握っていて、それには先ほどの弾幕を受けたらしき無数の傷が付いていた。


「間一髪ってところかな? 今度の相手は異能者か……」


目の前に現れたヒーローはこちらを見ずに暗闇の向こうを凝視した。


「助っ人か、大人しくソイツを差し出せば命までは奪わないぞ」


ヤツが歩み寄ってくる、俺を襲う時に最初に開封して食べてた笛ラムネも既に最後の1つを食べてるところだったようだ。

ガリガリを笛ラムネを噛み砕くヤツをよそに緑髪のヒーローはこちらを見やる。


「何したらあんなに怒らせれるんだよ」


確かに街中で異能対策部隊とバトってたヤバめの異能者に手に入れたばかりのショボい異能で勝手に加勢してその結果その異能者に小さな破片を飛ばしてしまったのは俺が悪い、だけどそれは土下座する勢いで謝ったしそもそもキレてるあの人は破片が当たった本人じゃなくてその隣にいただけのソイツの仲間だ、本人が許したのに勝手にキレて追ってきたんだ。


「俺はボディーガードだからよ、守る対象傷付けたヤツは徹底的に始末しなきゃいけねえんだよ」


いやそれって─


「いやいや、お前ボディーガードなんか勘違いしてるだろ、傷付けられてる時点で護れてねーじゃん」


このヒーローなんか口悪い気がするんだけど、ああほら相手怒らせちゃった。


「まとめて始末してやる」


ヤツの周囲に文字が大量に浮かび上がる、今度こそおしまいだ……

無数の文字が飛んでくる、それを目にしたヒーローはバットを高々と振り上げて文字がこちらに到達するのを待ち構えた。


さっきも聞いた金属音を響かせ、辺りを風が吹き抜ける、どうやったのか全く見えなかったが、金属バットで弾かれた弾幕はその場に転がり落ちた。

弾幕を弾いた本人は既にその場に居らず、いつの間にか相手の背後に立っていた、金属バットはまるで居合をした後の侍のように腰の辺りで構えている。


数秒の沈黙の後、相手は苦しげな声を上げてその場に倒れこんだ。


「悪いことはするもんじゃないね、君もそう思わないか?」


ヒーローはそう言ってこっちを見た、よく見ると目の下にひどいクマが広がっている、まるでペンか何かで描いたかのようなクマだ。


彼の緑の髪が先からスゥっと黒く染まっていく、目の周りのクマもジワジワと引いていくが、同時に彼の顔は真っ青になっていった。


フラッと彼がバランスを崩すと同時にそこに一人の男が現れる、男はそのヒーローを受け止めると周りを見渡した。


「あー……とりあえず無事で良かったな、逃げるなら逃げといた方がいいよ」


男はその場でヒーローとともに姿を消してしまった。

せめて名前だけでも聞いておきたかった、あの人も異能者なのだろうか、だとしたらあの人はきっとこの異能者差別社会を変えてくれる。


ささやかな期待とともに、俺は自分のやりかたを改めることを決意した。


異能で戦うんじゃない、異能で人助けをするんだ、と。

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