魔女の世界

上江伊 尾兎

第1話 プロローグ

 「うぅぅうう”うぅぅぅ」


今、空を飛んでいる。

(60秒が経ったからだろうか)


「あぁぁああぁぁぁあ”あ”」


辺りは一面の青空。

心地よい風が耳元を――否、暴風にでも晒されているかのように轟音が鳴っている。

(彼女は真実を述べていた)


故に、僕は今空を落ちていた。

落ちて、墜ちて

(だとすれば僕は)


ボスン

(もう一度彼女に会わねばならぬ)








 「魔法」


「魔法?」


「そう魔法、それが必要だって隼、貴方そう思うかしら?」


学校からの帰り道、彼女、久遠時円は前を向いたままで僕にそう問うた。


「必要なんて言い方が悪かったかしらね?魔法があったらいいなと、そう思う?」


「そりゃあ......あったらいいとは思うだろ?」


立ち止まり、こちらを見定めて二度問うた久遠時円に僕は応える。

魔法――あるいは奇跡だろうか、それがあればと望んだ事は一度や二度ではない。

そんな曖昧な返答のなかにも、彼女には満足できるものがあったのか頬を吊り上げた。


「まあ、そんな事は聞くまでもないわけよ。とはいえこれも決まりでね。そのために時を、いえそのためにと言うのは全く適切な表現ではないわけなのだけど。とにかく! 確証を得るために二年待った、待ちました。」


「えっとな円、話がまるで」ブンッ

「気安く呼ぶんじゃない! 名前を!」


振るわれた手が左側頭部に刺さり、思わずしゃがみ込む、普通に痛いのだ。

彼女の右腕に慈悲や容赦が宿ることはない。


「ったく。貴方の気安さはいつまで経っても変わらないわねぇ隼?」


嫌味ったらしく述べる彼女を前に、僕は座り込んだままに沈黙する。

追撃をしてこない優しさが彼女にはある。

はて、優しさとはなんだっただろうか。


「はあぁ......まったそうやって考え込んで、もういいわ。色々と段取り考えてきたけど面倒臭くなってしまったし。まあそんなわけで隼、あなたには魔法のある世界に行ってもらうから」


「えっ? なんだって?」


「あなたには魔法のある世界に行ってもらうから」


「いやその前」


「そんなわけで隼――」

「はい、なんでしょう円さんや」ゴス


「遊んでんじゃないわよ!」


追撃はしない女。久遠時円、同じ部位を避ける優しさが彼女にはあった。


「ともあれ久遠時、魔法の国に行こうだなんてなんても遠まわしでかつ、女の子らしいチャーミングなデートの誘いじゃないか?どうしたんだよ、ともあれそこまで映画一本見れる程度の時間がかかるわけだけど......泊り込み?」


何やら彼女の真剣な物言いに違和感を感じていたが、ともあれ久遠時円の話に理解の及ばなかった僕は至って真面目な顔でそう言った。


「それはネズミの、もとい魔法の国。貴方に行ってもらうのはね隼、魔法の世界よ。ついでに言えばデートでもないわ。行くのは貴方だけなのよ」


つまり彼女、久遠時円が言いたいのはこういう事だろうか。

僕、空木隼は渾身のギャグをスルーされ一人寂しく、されど愉快な魔法世界へ旅立つ。


「頭大丈夫か?」


「ッ!ムっカつくわねぇアンタは――いえ、貴方の頭が幼稚で貧相なだけだものね。そう考えれば詮無きことだわ。だって私その返しを小学生時代にもらった事があるもの。それに今更何を言ったって遅いのだわ。ほら楔も打ち込んでしまったわけなのだし。」


彼女は2本、いや3本の指を立て側頭部を示した。


(優しさですらないッ!)


「まあそんなわけで貴方は異世界に行くのだわ。後そうね、この世界での貴方の寿命は正味一分と言った所かしら?」


久遠時円は立て直し、畳み掛ける。僕をおいて。


「それが仮に本当の話だったとして久遠時、なんでそんな事をするんだよ?」


それが僕にとって疑問であった。異世界、突拍子もない話だ。

無論、彼女にそんな力があるとは思えなかったが、

ともかく彼女がこんな話をしたからにはそこに何か意味があるのかと思えた。


「可笑しなことを聞くのね隼。いえ、隼は元より可笑しいのだから当たり前の事なのかしら。隼、可笑しな普通の隼。貴方は人を助ける時、あるいは私を身勝手にも助けてくれやがった時救いを求める声を必要としたかしら?」


普通な僕は考える。空木隼は久遠時円を助けた。

それは随分と前にあった事だ。

あの時、久遠時円は決して助けを求めてなんていなかったけれど

彼女が可愛かったから、そんな理由で僕は彼女を助けることにした。


「何やら下卑た顔が気持ち悪いのだけれど隼、ともかく納得したようね。

私が貴方に何かするのに、理由が必要かしら隼。

私がしようと思って、私はそれを為すだけの力を持っている。

ただそれだけの事じゃない? 力も持たずお節介を焼こうとするお馬鹿さんも世の中にはいるようだけれどね」


確かに力とは身勝手に振るうもので理不尽に振るわれるもの。

彼女が力を振るったと言う以上、たしかに僕はそれを受け入れざるを得ない。僕に異世界に行かないための力なんてものは備わっていないからだ。


「久遠時、向こうが酷い世界だったなら僕は君を嫌いになるかもしれないな」


故に僕はあの時の言葉でそう言った。


「知らないわ。でも後悔はしない。いつだって私は私の為に生きているもの」

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