第15話 母と子


 母と子の奇妙な話



「私のかわいい赤ちゃん。あなたはね、とってもパパに似てるわ」


「…………」


「でもパパはあなたが生まれる前に死んじゃったの」


「お母さん……その子は……もう…………」


「まるであの人が戻ってきたみたいだわ」


「お母さん……その子は……もう……亡くなっています…………」


「…………さい。…………るさい。…………うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!! あなたに何が分かるっていうの!? 私の赤ちゃんは生きてるわ!! 勝手に殺さないでっ!!」


「お、落ち着いてください! 気をしっかりもって…………」


「うるさいって言ってるでしょ!!」


 私はこの子と一緒に病室から飛び出だしたの。


「待ってください! お母さん! クソッ…………誰か彼女を止めるんだ!! 彼女はまだ安静にしてなければならない!!」


 ああ、うるさいわ。私はもう元気よ……そしてこの子だってきっとまた…………


「私の赤ちゃんは死んでないわ…………たとえ死んじゃったとしても私が生き返らせてあげるんだから!」


 私はそう叫んで病院を走り去った。



 私はなんて不幸なのかしら……きっと世界中で誰よりも不幸だわ…………。せかっく結婚したあの人も突然原因不明の心臓の病で死んでしまった。残ったのはあの人との間に生まれたこの子だけ。あの人によく似た男の子。そしてこの子も生まれてすぐに死んじゃった…………。いいえ! きっと……きっと私が生き返らせてあげるから!


 無我夢中で走っていたらいつのまにか知らないところに来ていた。そこには何年か前に使われなくなって放置された廃ビルがあった。もうどこでもいいわ…………。早くこの子と休みたい…………。そう思って私は廃ビルへ入ったの。そして冷たいコンクリートの床に私は座り込んだ。


「やっとゆっくりできまちゅねー。お腹空いちゃいまちたかー?」


 この子におっぱいを飲ませてあげたらもしかしたら…………。


「あれーお腹空いてないんでちゅかー? 泣きもしないしママ思いのいい子でちゅねー」


 飲まないのね……知ってた、知ってたわよ! いきなり生き返っておっぱいなんか飲むはずないって…………


「ああ…………なんで泣きもしないのよ…………。どうして死んでしまったの…………。どうして私ばっかり…………」


 私はしばらくの間何も考えられなくなった。薄暗い廃ビルの中を意味もなく見渡す。あるのはほこりに覆われて透明ではなくなった窓ガラスだけ、そこからほんの少しだけ光が入ってきてた。

 ぼんやりとその窓ガラスを見つめながらこの子を生き返らせる方法を考えたわ。考えるっていっても浮かんでくるのはあの人と過ごした思い出だけだった。この子を生き返らせることなんかできない…………そう思い始めた頃に突然いい考えが浮かんだの!


「ああ、そうだわ! 生き返らないんだったらもう一度同じ子供を産めばいいんじゃない!!」


 同じ子供を産むことが出来れば生き返ったのと同じよ!



「もう一度産むことができれば…………もう一度この子をお腹に戻してあげれば元気に生まれてくるはずよ…………」




 だからお腹に戻す方法を考えないと。



 お腹に戻す方法…………


 お腹に戻す方法…………


 お腹に戻す方法………… 


 お腹に戻す方法…………


 お腹に戻す…………


 …………


 ああ、簡単なことじゃない




――――――――――――食べちゃえばいいのよ




「全部、残さず、食べきれば…………」





 私はこの子を食べることにした。この子のことを愛していたから。





 そうと決まったら早く食べちゃった方早くこの子に会えるわ。そう思って一口目を食べる。


 



――――――――――ゴックン




「ああ…………」



 ため息がもれる。


 


「美味しいわ…………さすが、私の、赤……ちゃん…………」



 もっと、もっと食べたい。



「ウフフ、なんて小さい手なの。かわいい」



 ヨダレが一滴床に落ちた。 




「痛い…………」



 食べてる途中で口の中を切っちゃったみたい。



「美味しい…………美味しいわ…………」



 やっと半分くらい食べることができた。



「ハアハア…………次は…………」



 次は、次に、食べるのは…………


 


――――――――――心臓



「パパはここが悪かったの。あなたはちゃんと健康になって生まれ変わってね…………」




 時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり食べ進めた。もう何時間食べ続けているのか自分でも分からない。不思議とお腹いっぱいには感じなかったけど、何度も吐きそうになった。それでも私は最後まで食べきった。



「私の可愛い赤ちゃん…………あなたはとっても美味しかった。早く元気になって生まれてきて…………」







 私はその場に横になった。食べ終わったことに対する達成感に包まれた。自分のお腹を見て思う。ほら、こんなに膨れてる。もう一度妊娠することができたんだわ!



「早く産まれてきてね…………ママ、一人じゃ寂しいわ」



 私は寝転がったまま自分のお腹をさすっていた。大きくなったお腹をなでているとビックリすることが起こったの


「今動いたわ…………」


 勘違いなんかじゃない。はっきり動いたことが分かる! 


「ほら! もう一回!!」


 やっぱり私の考えた通りだわ! きっとこの子は私のお腹の中で生き返ったのよ! そしてもう一度生まれてこようとしているのね! 私のお腹が激しく動きだした。今すぐにでも生まれそう!



「痛い!!…………生まれるの? 生まれるのね!?」



 そう、陣痛もこんな痛みだったわ!



「アハハッ! 痛い!! 痛いわ!! 早く産まれてきてっ!!」









 激痛を感じながら動くお腹を見ていると、なぜかそのお腹を突き破って腕がでてきた。あれ? おかしいな? なんで腕がお腹からはえてくるのかしら?


「あ……か……ちゃん?」


 すると私のお腹の中から咀嚼音が聞こえてきた。私の赤ちゃんが私の内蔵を食べてるんだって理解したわ。きっとこの子は生まれ変わって元気になりすぎたのね…………。私のお腹を突き破るくらい元気になったんだわ。おっぱいすら飲まなかったのに私の内蔵も食べちゃうんだから…………。そう思ったらなんだかとても嬉しくなった。でも、なんだか眠くなってきたの。そういえばもう痛くないわね。きっと陣痛が終わったんだ…………。










 ああ、早く、早く、この子に会いたい…………

















 僕は何かを食べていた。どこか心地良くて、あたたかい場所で夢中になって食べていた。食べた分だけ僕は大きくなった。しばらくの間食べ続けるとこの場所から食べる物がなくなってしまった。僕はこの場所から抜け出した。 


 抜け出すと女の人が倒れていた。僕はこの人のお腹の中にいたんだって分かった。すぐにこの人が僕のママなんだって理解した。きっとママは僕を愛してくれていた。僕もママを愛しているよ。愛しているから食べることができたんだ。


 もう死んでしまったママを見下ろして僕はつぶやく





「ママ。とっても美味しかったよ」

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