第11話 名前のない少女と名付け親

 名前のない少女と名付け親の奇妙な話

(山猫と猫の少女の続きとなります)



 山猫さんに山を出て行けと言われても私に行く場所なんてない。山のはずれに移るしかなかったの。山猫さんは私が山からでていかなかったのを知ってるかもしれない。わざと見逃してくれているのかも。


「あーあ、また一人になっちゃったなー…………」


 でももう一度ジドーホゴシセツに戻る気にはなれなかった。


 私一人での生活が始まったわ。山猫さんに教えてもらった知識をフル活用した。雨風がしのげるところに寝床を作り、川の位置を覚えておく。間違いを繰り返さないように自分が必要な分だけ、狩りをした。ただ生きるために狩りをしてあとは寝るだけ。そんな生活を何日か続けていたんだけど…………なんか急にめんどくさくなっちゃったの。なにもかも、よ。私は狩りをすることをやめたわ。もう何もする気が起こらなかったから寝てるだけ。不思議と何日たってもお腹はすかなかったわ。ご主人様と暮らしていた時はあんなにお腹がすいたのに…………。


 とても寂しかった。


 ご主人様が何日も帰ってこなかった時を思い出した。世界で私一人しかいないんだって思ったわ。その時はいつかはご主人様が帰ってくるって思えたから耐えられたの。でも今は違う。誰も私に会いにきてくれる人はいないし、私が帰る場所もない。


「イタ…………」


 いつのまにか気を失ってたみたい。食事をやめてからいったい何日たったかもう分からなくなってた。足に痛みを覚えて見てみるとネズミが私の足をかじっていたわ。起き上がって追い払おうとしたんだけど…………もう体が動かなくなってた。ああ、今度は私がネズミに食べられるのね…………。足は確かに痛かったけどどこか遠くにある自分の体が痛いって感じだったわ。


 疲れたからもう一度眠ろう…………。たぶん次眠ったらもう起きられないけど…………。死ぬ、のかしら? それすら考えるのがめんどくさい。ネズミにはかじらせたままにしてやるわ。当然よね、私もネズミを食べたんだもの。


 そして私は目を閉じる。最後に見たのは私を凝視している一匹のネズミだった。






――――――――私は誰にも知られることなく死んだ




































































 と、思ったんだけど



「おいおい。気になって戻ってみれば…………」

「あれ…………先生! 久しぶりね、いつからそこにいたの?」

「いや、俺も気づいたらここにいたんだ…………」

「ふーん。先生はジョーブツしちゃってもう会えないと思ってたわ。相変わらず先生は浮いてるのね。体も透けてるし」

「…………お前も自分の体を見てみろって」

「え? …………あら、透けてるわ。しかも浮いてる…………」

「うん、まあ、そういうことだ」

「なんだ、やっぱり私死んじゃったんだ」


 そういえば私の死体が横たわってるわ。ずいぶんガリガリにやせてるわね。ご主人様と暮らしていた時もここまでやせてなかったわ。ネズミもかわいそうね。あんまり食べるところがないじゃない。


「なんでお前は幽霊になんかなってんだ? 心残りでもあんのかよ」

「うーん…………。先生に会いたかったのかも」

「今、会ってるじゃないか」

「あら、そういえばそうね」

「…………」


 じゃあもうジョーブツしちゃっていいじゃない。でもジョーブツってどうやってするのかしら?


「私、ジョーブツしたいんだけど。先生はどうやってしたの?」

「そうだな…………。お前のことを誰かに伝えたら安心?して成仏した、はずなんだが…………」

「なんで戻ってきたのよ?」

「だからお前が気になって!」

「あっ! わざわざ会いに来てくれたんだ!」

「…………俺が会いにきてやるのなんてお前くらいだ」

「え? なんか言った?」

「なんでもない!」


 うーん。じゃあこれからどうするかしら?


「そういえばお前、名前は?」

「名前はまだないわ」

「なんだそのどっかで聞いたこと…………ってそれはもういい…………」

「あっそうだ! 先生が私の名前を付けてちょうだいよ!」

「お、俺か?」

「そうそう! 先生が付けて!」

「俺が名付け親か…………。いいぞ、メチャクチャいい名前を付けてやるよ」

「やった! 先生なら安心して任せられるわ!」


 嬉しいわ! やっと自分の名前が手に入るのね! 先生に付けてもらえるならなにも文句は言わないわ。だって先生は初めて私に優しくしてくれた人…………幽霊だったから…………


「先生! 早く付けてよ!」

「まあ待て。あっちに行ってからでもいいだろ」

「どこに行くの?」

「あっちでは俺がいろいろ教えてやるから。始めて会った時お前は俺に言っただろう? 私の先生になってくれって。俺はこれでも高校で国語の教師をしていたんだ」

「凄い! 先生は本当に先生だったんだ!」

「まあ、そういうことだ(笑) あっちでは俺がお前に授業してやる。俺好みの女に教育してやるからな(笑)」

「やった、楽しみ! 授業なんて受けたことないわ! でも、あっち、ってどこ?」

「あの世だ、あの世。大丈夫だ、あっちでは俺が一生……一生ってのもおかしいが…………面倒見てやるから」

「でもジョーブツしないと…………」

「もうすぐ成仏するみたいだぞ。この感じは前と同じだ…………。名前が付けられるって聞いた時からお前の体がさらに薄くなりはじめた…………名前が心残りだったのか」


 確かに名前を付けてもらえるならこっちの世界に心残りなんかないわ。あっちで先生にとーってもいい名前を付けてもらうんだから。授業も受けてみたいし、早くあっちに行きたいくらいよ。

 でもジョーブツって全然怖くないのね。先生がいるからかしら? 一人じゃないからかしら? 


「先生も、薄くなってきてる…………」

「ああ…………」

「…………」














 そろそろ、いくか


 うん


 メチャクチャいい名前を付けてやる


 うん


 あっちでもずっと一緒だ


 うん


 …………


 うん





 …………







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