最後の手紙
◇
×××様
春の優しい木漏れ日の下、紅梅が美しい季節となりました。
×××様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
今宵、私はこの手紙を貴方様に直接お渡しに行こうと思い、記しています。これまでは侍女を介したやり取りでしたが(そうしないと周りが煩いですからね)、今回ばかりは自分で貴方様に会い、そしてこの文を手渡したいと思います。
直接会うのならばこうして文をしたためる必要もないだろう、と貴方様はお笑いになるでしょうね。けれど、それでも、こうしてしたためたい想いがあることをどうか知っていただきたいのです。何故なら、きっとこれが最後の手紙になるのですから。
先頃、私はもう先は長くないと医師から宣告されました。無理もありません。私はすっかり年老いてしまいました。貴方様とお会いしたあの若い女生徒だった時分から、もう何十年も経ってしまいました。
私は、長年、貴方様と共に在れないこの身を恨んでおりました。
貴方たち妖モノと私たちヒトは、同じ時間を共に生きることはできない。貴方様はご存じないかもしれませんが、私たちの時は、貴方たちのそれと比べればとても短いのです。
私を苛むこの感情は呪いのようなもので、歪みのようなものでございます。けれど、それももうすぐ終わろうとしています。誠に呆気ないものですね。
そこで、私はお願いしたいことがあります。身勝手ではありますが、これは貴方にしか頼めないことです。
私が終わるその時は、貴方様の手で終わらせてほしいのです。
そして、どうか私を食し、貴方様の一部にしてほしいのです。
元来、妖モノとはヒトを食い、その生命を糧に在るモノ。
近年は“ヒトを食さない主義の妖モノ”が多数であり、貴方様もそうであるということは存じ上げております。けれど、そこを曲げて、何卒お願い申し上げたい所存です。
これが、貴方様を貴方様たらしめるものとなるように。
貴方様自身を長年苦しめてきた疑問に終止符を打つ、一つの答えになるように。
貴方様自身の身どころか心までも千々に割かれる痛みを、終わらせるものとなるように。
貴方様自身が何モノであるのか知ることができるように。
これが、私の最後の願いです。
私の身が貴方様と共に永久に在れること、そして貴方様の苦しみが終わること。
これ以上の願いは、今の私にはございません。
最後にこう申し添えて、この文を終えたいと思います。
いつかまた、あの美しい梅の下でお会いしたく存じます。
春子より
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます