第七話 守りたいものを守るためには
◆
僕がその女生徒を見つけたのは、本当に偶然だった。学校近くの寂れた公園、その隅で揺れるブランコを認めたのは、そう、偶然だった。
木陰の中にカーディガンの赤としなやかな髪の黒が翻る。
「こんなところで何をしている?」
その姿があまりに寂しそうで、そんなつもりはなかったのに思わず声をかけてしまった。声をかけてから密かに苦虫を嚙み潰す。
揺れが緩やかに止まり、それを漕いでいた女生徒は顔を上げた。
「……長瀬こそ、何をしておるのじゃ?」
女生徒の……確か名前は咲夜とかいったか。とにかく、彼女の話し方に違和感を覚えたが、今はそれ以上にどうやら彼女は落ち込んでいるらしいということの方が目に入った。
さて、質問に質問が返ってきてしまった。どうしたものかと思案に暮れること数秒、
「僕も春について何かできないかと思って。少しでも消えてしまったあいつの手がかりを探っていたんだ」
そう言いながら、僕は肩から提げた学生鞄を少し叩いてみせた。中には少しばかりその手がかりが入っている。役に立つかどうかは別として、
「それと正直、君の言葉が刺さったというか」
「そうか」
彼女の返事は心底どうでも良さそうだった。
“消えた消えたと騒ぐばかりで、“春にはもう二度と会えない”なんて喚き散らして。まるで赤子のようだわ。春さんを探すのを初めから諦めて、駄々をこねてる”
この言葉は確かに刺さって、こんな時でも心に残っている。偉そうな言葉。でも、的は射ていた。
「何だよ。春のこと、どうにかしてくれるんじゃなかったのか?」
「平坂がそう言っておっただけじゃろ。悪いが、私は力になれそうにない」
どころか、足を引っ張っておるくらいじゃし。
消え入りそうな声でそう言って、彼女は俯いた。あの時の高慢さはどこへ行ったのか。
ひとまずずっと立って話すのも何なので、彼女の隣のブランコに腰かけた。ブランコなんてどれくらいぶりだろう。
「……何かあったのか?」
咲夜は狭いブランコの上で膝を抱え、そこに顔を埋めるという芸当を見せた。こんな時でなければ、その見事なバランス感覚に賞賛の一つや二つ送っていたかもしれない。
「困るんだよ。こちらとしては、君らが頼みの綱なんだ」
けれど、そんな気にはとてもならない。
あれだけ僕に大きな口を叩いていた彼女がこんなところで何やら落ち込んでいる……いや、どうやらそれだけではなくすねているらしいことに、僕はやたら腹が立っていた。
「ためらった」
少し沈黙が続いて質問の答えを諦めかけた時、彼女はぽつりとそう言った。
「色んなことをためらった。平坂を信じること、奴を疑うこと。その結果、二人を傷つけてしまったんじゃ、私は……」
彼女の言葉はかなり抽象的で要領を得ない。でも、それがたぶん春に関することであるのは何となく伝わった。カーディガンをつかんでいる手が白くなっている。
「守りたいのに、守れはしなかった。合わせる顔もない」
彼女に何があったのかは分からない。だから、無責任に励ましの言葉をかけることは僕にはできなかった。
「君は嫌な奴だな」
だから、思ったことを言ってみせ、
「誰かを傷つけるなんてよくあることだ。あの時信じていれば、とか、あの時疑っていれば、とか、そんなのはただの結果論じゃないか。そんなことで傷ついたふりをして、こんなところで一人膝を抱えているなんて。諦めて駄々をこねているようなものだ」
経験則からそんなことを言ってみた。
僕がこんなこと言えた義理じゃないのは分かっているが、何か言ってやらないと収まらなかった。自分でも不思議なくらい腹が立って、何故だか悲しくなっていた。そして、不思議なくらい言葉が内から湧いて出るようだった。
「守りたくて守れなかったなら、次は守れば良いだろ? 君にはまだ次があるんだろ?」
「長瀬、」
「次があるなら……まだ守るものがいるんなら、こんなところでいちゃダメだろ。こんなことじゃ守れるものも守れなくなる。今度は君が後悔するだけじゃ済まなくなるかもしれないんだぞ? そうなってからじゃ遅いんだよ。いなくなってからじゃ、遅いんだ」
「長瀬!!」
ハッとした。いつの間に、彼女はブランコを降りて、僕の目の前に立っていた。僕の肩を両手で支えていた。眼鏡の奥の瞳が驚きと困惑に揺れている。
「何でお前が泣いとる……?」
「え」
自分の頬に触ると確かに一筋、涙が落ちていた。彼女の手をバッと跳ねのけて、学ランの袖で拭う。頬が火照る。何てことだ。人前で泣くなんて、どれくらいぶりだか。
「その、悪かった。長瀬の言う通りじゃと思う」
咲夜は何を思ったのか、そんな風に謝った。
「お前の次のためにも、私は春香を探し出す。平坂と共にな」
一瞬、答えに迷った。
一瞬前まで揺れていた瞳が今は真っ直ぐ僕を射抜く。的を射るように。心の奥底まで全てを暴くように。
僕はどうにか鼻をすすってから、
「ああ、頼むよ」
と情けない声を上げるほかなかった。
◆
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