第五話 梅はあり、君はいない

「斬り過ぎだ」

「何じゃい何じゃい!! 文句あるのか、平坂!?」

「ある」

「何じゃ、その蔑むようなつらは!! 何がそんなに気に食わんのか、言ってみるが良いわ!!」

「だから言ったろ。斬り過ぎだ、咲夜」


 かくして、学校付近に溜まっていた良くない妖モノは、ほぼ全て咲夜と少年の餌食となり、その結果がこの言い争いである。ため息交じりで諭すような様子の平坂。少女らしくない剣幕で詰め寄る咲夜。互いの間に火花でも出そうなほど睨み合っている。

 ちなみに狐面の少年はあの後どこかへ行ってしまって、この場にはいなかった。


「文句ばかり言うでないわ!」

「いや、だってお前が今言えって、」

「大体、お主、何故私より先に学校におったのじゃ! 動くでないと言ってあったではないか!」

「そうはいかないだろ。お前が動いた分、こっちは符を敷かないといけないんだぞ」


 咲夜が妖刀片手に暴れまわる傍ら、平坂は符の設置をしていた。

 セーラー服の少女が民家の上を跳ね回り、あまつさえ刀を振り回している。そんな光景をヒトに目撃されないように、あちこちの民家の塀に”目隠しの符”を貼っていたのだ。ついでに、歪みの影響を最小限に留める術を学校周辺に設置してある。


「なるほど。それで周囲にヒトがいなかったのか。うむ、でかした!」


 親指を上げながらそう宣う少女に平坂は頭を抱えた。


「……お前がヒトガタ共を斬ってくれたのは感謝している。でも、何でも斬れば良いってもんでもないだろう。もし歪みの大元、つまり歪みの原因まで斬ってしまったら、調律が難しくなる。そういうところは、もう少し考えて行動してくれないか?」

「ぐぬぬ……」


 まさに、ぐうの音も出ないといった様子で地団太を踏んでいた咲夜だったが、小さな声で微かに不平を漏らす。


「しかし、私だけがやったってわけじゃないんじゃが……」

「つべこべ言っていないで早く来るんだ。問題はあの梅の木だろう?」


 先程、守衛に一声かけて東坂許中等教育学校の校門をくぐったところで、二人は件の梅の木を見つけていた。


「……む、先客がおる」


 校門から校舎までの道はかなり幅の広い石畳で、その左右にクロッカスから桜まであらゆる植物が植わっている。その中でも、一際目立っているのが梅の木だ。

 建物5階分くらいはあろうかという高さ、幹もかなり太く、広く長く伸びた枝には花が咲き乱れている。風を受けると、その花びらを僅かに零れさせていた。

 そして、その木の下に立つ男が一人。


「斬るか?」

「さっき言ったことをもう忘れたのか……?」

「ししし失敬じゃな! 忘れとらんし……」


 面倒だなと思うが、仕事である。ひとまず、情報収集をしたい。

 梅を見上げるその後ろ姿に声をかけようと、平坂は近づく。


「おや?」


 しかし、それよりも相手が気づいて振り返る方が早かった。途端、平坂は苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔になる。


「これは、これは……。貴方がこの町の写実師とお見受けしますが、相違ないでしょうか?」


 男は僅かに出来ている顔のしわに品が良い笑顔を刻んで、挨拶をした。あまり歳は取っていなさそうなのに、鼻の下に些か立派な髭が生えているせいで年配にも見える。

 男は被っていた帽子を取り、胸に当てる。よく見れば、それは軍帽だった。折り目正しく着られている軍服には階級章やら勲章やら、とにかく男の身分や功績を示すものが飾り立てるように身に着けてあった。挨拶の礼をしたものの、身長が高く体つきもがっしりしているので威圧感は否めなかった。


「軍人……」

「おや、これはこれは可愛らしい娘さん。私のような軍の者を見るのは初めてですかな?」

「いや、そんなことはないが……色々と思うところがあって」


 珍しく狼狽えるような表情で咲夜は目を泳がせ、平坂の方をチラと見た。が、見られた本人は明後日の方向に目を逸らす。ヒトと話すのは苦手だ、本当に。

 それを知っている咲夜は一先ずといった様子で、慎重に男に話しかけた。


「……ふむ、写実師を知っているあたり、ただの軍人ではないようじゃが?」

「ああ、そうですね。申し遅れました。私、こういう者です」


 男が差し出した名刺を咲夜がひったくるようにして受け取るとそこには、こう印字されていた。


【日本ノ国 国防軍 第四事象調査科 第二中隊所属 少佐 藤原朔ふじわらはじめ


「国防軍……」

「ええ、その名の通り第四事象に関する調査を行なっています」

「だいよんじしょー??」

「ああ、第四事象というのはですね、」

「妖モノ関連のあらゆる事象のことを、ヒトが第四事象と呼んでいるんだ。……軍人がこんな田舎まで、わざわざ何の御用でしょうか?」


 口を挟んで説明をした平坂の麦わら帽子と杖を見下ろして、藤原は肩を竦めた。そして、また咲夜に視線を戻す。


「こうして卯ノ区に来たのは本当に偶然でしてね。町に式神をはなっていたのですが、この辺のものだけ、何故か粗方破壊されてしまって。ちょっと見に来ました」

「わ、私は斬ってないぞ! ヒトガタをちょっとばかし斬っただけじゃ!」


 平坂の物言いたげな視線に少女の声が返る。


「ま、式神なんて替えが利きますし、また発注すれば良いんですよ。だから、大丈夫です」


 そう言って藤原は頭を掻く。


「でも、式神がこうして破壊されるなんて滅多にありませんから、一応私自ら確認に来てみたんです。そしたら、こんな立派な梅の木が見えたものなので、ご挨拶に伺ったのですが、。おまけにこんなに大きな歪みでしょう? どうしたもんかと思って、ひとまず調律に来るであろう写実師の方とご相談しようとお待ちしていた次第です」


 それは平坂も気づいていた。三途は梅と話せると言っていたが、ここには木があるだけで梅はいない。体があっても魂がないとも言える。

 周囲の気配を探っても他の植物の気配こそすれ、梅の存在はまったく感じられない。たまたま離れているだけか、あるいは……。

 代わりに強い歪みが空間ごと歪めるように渦巻いていた。呪も祝もすべて絡めとり、そこから世界を瓦解させていく歪み。

 しかし、調律を行なうにしても、事情が分からないまま強行するわけにもいかない。下手を打てば、歪みが更に広がり取り返しがつかなくなる。だからこそ、梅の話は聞いておきたいのだが。


「ふん……写実師は私じゃない。平坂じゃ。そのご相談とやらは此奴とやれ」

「ああ、しかしですねえ、うちの部隊にも一応、写実師がいましてな。宜しければ、派遣させていただくことも出来ますよ」

「いや、必要ありません」


 平坂は、すぐさま言った。咲夜がぎょっと目を見開くのを尻目にそのまま言葉を続ける。


「軍の方の手を煩わせるほどの事でもありません。大体、歪みの原因はつかめていますから、あとはこちらで」


 それに、と平坂は言いつつ、男の腰を見た。咲夜と同じように、刀が提げている。古物店にあるような数多の骨董品の刀とは全く違う異質さ。見たところ、かなりの業物。妖刀とまではいかなくとも、ただの日本刀ではないことは推し測れた。一緒に装備している拳銃も飾り物ではないだろう。


「そもそも、この町でのは松江家の許可がいるはず。失礼ですが、許可は取っていらっしゃいますか?」


 三途はそんな許可を出しはしないだろうが、と胸中で付け加えた。

 藤原は軍帽を被った。平坂の問いに微笑んでみせた。そして、素早く近づいて耳元に囁いた。春先の温かな風が花壇の花を揺らしているのを平坂は黙って睨む。


「思い上がるなよ、化け物どもが」

「……咲夜」


藤原の言葉は聞こえていないはずだが、咲夜は妖刀の柄に手をかけていた。静止の声をかけている間に飛び跳ねるようにして藤原は平坂から離れた。


「では、娘さんに切り刻まれる前に私はお暇致します。調律のお邪魔になっては申し訳ないですからな。上手くいきますようお祈りしておりますよっと」


 軍帽を押さえた右手に力が入っていたのは気のせいではないだろう。


「ああ、そうそう。その赤いカーディガン、よくお似合いですね」


 去り際に、軍服姿の男はそう言って笑った。


「貴様のヒゲも似合っておるぞ……胡散臭くて、な」

「あはは、ありがとうございます」


 果たして、咲夜が呟いて付け加えた一言が聞こえていたのかいなかったのか。男は悠々と校門をくぐって学校の敷地内から出て行った。

 梅の木の傍には平坂と咲夜だけが残された。


「平坂」

「何だ?」

「あの軍人に何言われた?」

「別に。他愛ないことだよ」


 化け物という言葉を脳裏でしばし反芻してから、平坂は肩を竦める。化け物なんて久しぶりに言われたなあ、と呑気に思うくらいだった。

 咲夜はあえてそれ以上追及はせず、別の部分を突っ込んだ。


「そう言えば、歪みの原因はつかめています、とか言っておったなあ? 随分と大きく出たのう?」


 まったくだ、と今度は頭を抱える。あんなことを言いはしたが、実際のところは歪みの感覚がつかめただけで、原因までは一切分からない。


「何というか、軍人は胡散臭いのばかりなんじゃな」

「ん?」

「いや、何でもない。独り言じゃ」


 咲夜が梅の木を見上げている。

 藤原の言葉に賛同するのは癪だが、彼女の赤いカーディガンはそれなりに似合っているように平坂は思った。


「まあ、平坂がヒトと喋るなんて珍しいこともあるもんじゃとも思ったがの、それ以上にお主があのように言ったのは、正直すっとしたぞ。胡散臭い上に気に食わん奴じゃったし」

「……そうか」


 平坂も複雑な思いながらも、視線を同じくした。

 二人に見上げられている梅は何も語らず、花を散らせていた。

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