第四話「強者と無力感と」

 先に動いたのはスライムだった。巨体を使い、グランツを飲み込まんとする。その移動は歩くのでなく、滑走であった。

「ほんっとにドラゴンでも何でもねぇな」

 呆れを通り越して感心した声を発するグランツ。

「言ってる場合かよ! スライムには剣なんて効かない……」

「だーれに向かって口きいてんだクソガキ。それくらい知ってるさ」

 焦るヴラムの声に父親は煩わしそうに応じた。そこに余裕しかなく。

 そしてスライムの巨体が触れる直前。グランツは構えた大剣をスライムの身体に突き刺した。抵抗はほとんどなく、刀身が全て飲み込まれる。

「これやるとすぐに剣が駄目になるから好きじゃねえが」

 ぼやきと同時に、刀身が一瞬青白く光る。しかしその色はすぐさま朱――炎の色に塗り替わり、スライムの身体を内側から砕いた。

「巨大化のためとはいえ、骨を使ったのはむしろ失敗だったな」

 言いながらグランツは大剣を突き刺したまま、スライムの周囲を走り出す。その間も爆砕術式を繰り返し、その身体を構成する骨を砕いていく。音はスライムの身体の中で籠り、朱が広がるたびにゲル状のそれらが歪に膨らみ、一部ははじけ飛ぶ。

 胴体を一周すると、今度は真上に跳ぶ。それをスライムの竜は口を開き、迎え撃たんとする。

「単っ純!!」

 歯をむいた笑みでグランツは大剣の振りを加速させる。腹を切り裂いていた剣が一度抜かれ、その切っ先は次に顎を貫いた。同時に爆炎が内側から広がる。

 ならばとスライムは両の前脚でグランツを挟み込もうと動いた。対しグランツは振り上げた大剣を使い、振り子のように自身の身体を宙に持ち上げた。そしてスライムの脚は空を切る。

回転しながら着地に向かうグランツ。スライムの竜はそれを尻尾で薙ぎ払おうと身を回す。

「だーから、単純だって言ってんだろ」

グランツは落ちながら身を縮め、畳んだ両足を剣の腹に乗せる。力を溜めるのは一瞬。すぐさま全身をバネに、敵へと飛ぶ。蹴りを受けた大剣は腕で制御し、上段に跳ね上げる。またもや空を切ったスライムの攻撃を後ろに置いていき、刀身を朱く染めて。叫ぶ。

「必ッ殺!! 爆炎竜殺斬!!」

 修復の終わっていないスライムの腹部。そこにグランツは大上段からの斬撃を放つ。爆炎でその動きは加速し、斬撃でなく、爆炎がその身体を裂いていく。

 ズドン、と。

 一際大きな音が洞窟内に響く。集合していたスライムたちが、竜の身体を構成していた骨が、欠片となって壁に打ち付けられる。湿った音と硬い音が絶え間なく連続し、それが止む時には、巨大な竜の姿はどこにもなかった。

「よっし、いっちょ上がり」

 軽く息をつき、グランツは大剣に纏わりついたスライムの残骸を振るい落とす。すると、耐えかねたように刀身に罅が走り、砕け散った。

「あーあ、結構気に入ってたのに」

 またレィに新しいの貰うか、と呟きながらグランツは二人の少年に近づいていく。

「さーてガキども、立てるか? というか立て」

 両手は空いているはずなのにグランツは手も差し伸べずに乱暴に言い捨てる。ヴラムはともかく、アルトはようやく息が整ったところである。死にかけていた人間に対してはあまりの対応に、ヴラムは吼えた。

「てっめ、アルトは死ぬところだったんだぞ!? もう少し気遣えよ!」

「あー? 俺様の手を煩わせてんだからむしろ気を遣うのはそっちだろ。てか勝手に死にに来た分際でよく言うな」

 ヴラムの糾弾をそよ風のように受け流し、グランツは面倒そうに頭を掻く。

「っの、クソ親父が……!」

 相手が実の父親であるなど関係ない。友を侮辱する男にヴラムは怒りのままに詰め寄ろうとする。

「いいんだ、ヴラム。グランツさんの言う通り悪いのは僕らだ」

 しかし、それをアルトが止めた。彼は青い顔のまま、弱々しくヴラムの腕を掴んでいた。

「けどよ、アルト。こいつはお前が死んで当然みたいに――」

「事実、あのままだと僕らは死んでいた。それを助けてくれたのはグランツさんなんだから、僕らに何かを言う資格はないよ」

「まーそういうこった。諦めてとっとと帰るぞ」

 どこまでも軽い調子で言い、グランツは歩きだす。その後ろ姿にヴラムは再び吼えようとしたが、アルトの視線に気づき、止め。悔しさに牙を噛みしめた。

「……くそっ」

 行き場のない怒りを地面に吐き捨て、ヴラムはアルトと共に歩き出した。


当然だが、村に戻ると大人たちからの説教の嵐が待ち受けていた。

 ヴラムはジェイドに、アルトは村長を始めとする家族全員に、日が落ちるまで叱られ続けた。

「――というわけで、君たちは一週間の謹慎だ。家でしっかり反省するように」

 最後にジェイドがそう締めくくることで、ヴラムたちの冒険はひとまずの終幕を迎えた。

「全く、さっきも言ったが君たちはどうしてこんな悪巧みには頭が回るんだ。もっとその努力を勉強に向ければいいものを……」

 しかし村での説教が終わってからも、ヴラムに関してはジェイドが家まで送るため、延長戦があった。反省云々関係なく、ヴラムは長時間に渡る説教に辟易していた。もはやそこにいるのは無感情に「ハイ、ハイ」と繰り返すだけの機械であった。

 懇々と言葉を続けながらも、ジェイドは飛空艇の簡単なメンテナンスをする。動力部となるエーテルライトに欠損がないか、そこに刻まれた術式に不備がないか確認。問題がないと分かると、術式をテスト起動する。

 飛空艇は人々の主な移動手段である。島と島の間には空という断絶が広がっているため、空中を移動する技術は必須である。

 多く使われている飛空艇の術式システムは空間干渉によるものである。飛空艇の周囲の空間を水の特性に書き換え、その上を“泳ぐ”。高度を上げる場合は水面の座標設定を徐々に上げる。速度はそれほど出ないが、安定性が高いため、小型艇から戦艦まで幅広く使われているシステムである。

 他にも空中に仮想の道を展開し“走る”航空車や、竜や鳥と同じ原理で“飛ぶ”翼翔艇なども存在するが、飛空艇ほどは出回っていない。

「……よし、問題ないみたいだ。ヴラム、乗りなさい」

 ジェイドの飛空艇は二人乗りが可能で、出力はそれほど高くないが、メンテナンスのしやすさと丈夫さが売りである。

 ヴラムは頷くと後部座席に跨った。静かな駆動音が身体を通して伝わってくる。座ったことを確認すると、ジェイドは制御用のハンドルを握り、高度を取り始める。イィ……と音が高まっていく。

 地面から離れ、直進できるほどの高度に達すると、ジェイドが思い出したように言った。

「ああ、分かっていると思うが、街へ行く約束は無しだからね」

「ハイ……ってええ!?」

「当然だろう、大人しくしている約束だったのだから」

 流石に一日ともたないのは予想外だったがね、と苦笑いを浮かべながら飛空艇を前に出す。ゆっくりと機体は進み、徐々に速度を上げていく。

 やがて島の外縁に差し掛かり。一瞬、強い向かい風が顔を打つ。

 そして足元から地面が消える。代わって雲が広がり、視界の全てが空となる。暮れた後の空は黒く、そこに無数の星と、雲と、島々が浮かんでいた。頬を横切る風は冷たく、しかし拒絶の色はなく、心地よさを置いて通り過ぎていく。

 今日のことを思い起こす。自分は竜として力があると思っていた。多少の魔物であれば倒せると思っていた。だが力は全く届かず、情けなく助けられ。これでは竜どころかヒトとしても無力ではないか。

 ヴラムは口を大きく開き、息を吸った。胸を、腕を広げ、口と喉が直線になるように上を向く。限界まで空気を溜め込んでから、息を止める。そして一拍の後、吸い込んだ空気を全て咆哮として吐き出す。

「ウォ――……!!」

 細く、遠く、長く。これでは竜ではなく狼のようだと自分で思いながらも、喉を震わせ続ける。

 頬を流れる雫を風が攫い乾かしていく。先よりもさらに冷たく、しかし風は優しく身を撫でていく。

 ヴラムの遠吠えを聞きながらも、ジェイドは何も言わなかった。名付け親として叱る立場にあるが、ヴラムの気持ちが全く分からないわけでもない。幼くとも竜は誇りを重んじるのだ。

 ヴラムは啼き続けた。届かなかったことへの憤りを、悔しさを音に乗せて空へと放った。

 終わりなき黒は幼き竜の思いを吸い込み、溶かしていった。

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我竜転生~果てなき空を求めたけど質問ある?~ 門松明弘 @kadoma2

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